四谷散歩では、最初に「西念寺」を訪問しました。今日は、西念寺についてご案内します。
西念寺は、文禄2年(1593)に服部半蔵正成が創建した寺です。
服部半蔵というと忍者に間違われますが、徳川十六神将の一人で、父の代から徳川家に仕えた譜代の武将です。
西念寺は、天正7年(1579)に織田信長の要求により切腹させられたと言われている徳川家康の嫡男信康の供養のために建てられた寺院です。
西念寺については、以前「西念寺と服部半蔵」で詳しく書きましたので、そちらをご覧ください。
服部半蔵の槍は、本堂に飾ってあるため、拝観するにはお寺の御了解が必要です。
今回は、事前にお願いしておきましたので、ご住職の奥さまが待っていてくださいました。半蔵の槍は、長さ258センチもある大きな槍でした。
これでも、戦災で槍の穂先っが30センチ、尻が150センチ欠けた後のの大きさですので、すべてですと非常に大きな槍になります。
ご一緒した皆さんも驚かれていました。
ところで、今回のご案内で、新しい発見がありました。
服部半蔵の槍は、本堂の中に飾ってあるのですが、この飾ってある部屋が、大多喜城の西の丸御殿の書院だったものだそうです。
西念寺の本堂は、昭和34年から2年かけて再建したものだそうですが、その際に、丸山様という方の別邸として利用されていたものを譲り受けて、本堂の一部として利用したものだそうです。床柱は、檳榔樹(びんろうじゅ)の木でできていて、床框(かまち)は黒柿の木を利用しているそうです。檳榔樹(びんろうじゅ)、黒柿とも非常に貴重な木だそうです。
これらを利用した床の間は滅多にないとのことでした。
また、欄間も透かし彫りで見事なものでした。
このお話ご住職の奥さまから伺いました。
また、現在の西念寺は、表門が境内の東側つまり四谷駅側にあるのですが、昔は、西側にあったというお話も聞くことができました。
奥様、ご丁寧な説明をしていただきありがとうございました。
赤印が西念寺です、四ツ谷駅から約10分かかります。

