笹寺は、東京メトロ銀座線「四谷三丁目」駅から徒歩5分のところにあります。
【笹寺の由来】
長善寺は、天正3年、『甲陽軍艦』の著者である甲斐武田家重心の高坂弾正昌信の屋敷内に開かれた草庵が始まりと伝えられています。
開山は文叟憐学和尚で、 ご本尊の釈迦如来像は元禄3年(1690)7月に造られたものです。長善寺は笹寺とも呼ばれています。
この名は、3代将軍徳川家光が鷹狩の途中ここに立ち寄り、境内一杯に笹が茂っているのを見て笹寺と呼ばせたものであると『江戸名所図会』に書かれています。
しかし、「めのう観音」が奉納されていることから、家光でなく2代将軍秀忠の命だという有力な説もあります
本堂の額にも「笹寺」と書かれていますが、「江戸名所図会」には、総門に「笹寺」と書かれた額が掲げらていると書かれています。
【めのう観音】
笹寺の宝物となっているのが「めのう観音」です。
この観音さまは、新宿の新宿区の登録文化財に指定されていて、2代将軍秀忠の念持仏で、お江(崇源院)が寄贈したと伝えられています。又、お江の念持仏であったとの説もあるようです。
このめのう観音様は、日頃は非公開です。しかし、先日は、そのめのう観音様を特別見せていただきました。
今年は、「お江」ゆらいの品として各地の博物館に貸し出されることが多かったとのことです。この日も、博物館から返ってまもなくだったようです。
めのう観音様は、本堂の御本尊様のまえに安置されていました。
厨子のなかに収められていましたが めのう観音様は、黄銅製の光背が付され、宝形造の屋根を持ち、正面下に蓮華、左右下部に笹寺に因んだ笹の浮き彫りがある台座に安置されています。
【四谷勧進角力始祖】
笹寺の境内にある大きな石碑は「四谷勧進角力始祖(よつやかんじんずもうしそ)」と刻まれています。
3m程の高さがあります。これは日本相撲協会が初代横綱に認定している明石志賀之助が寛永元年に境内で6日間の相撲興行をしたことが江戸の勧進相撲のはじめであるとして東京角力協会が建てたものです。
この碑を建てる中心になったのは江戸時代最後の横綱である12代横綱の陣幕久五郎と言われています。
陣幕久五郎は、深川の富岡八幡宮の「横綱力士碑」など、全国各地に碑を建てたたことから「建碑狂」とも呼ばれたそうです。
赤印が笹寺(長善寺)です。

