【駒止石】
庭園の南東部に駒止石と呼ばれる石があります。
駒止石の由来には八幡太郎義家の馬が走りだし、この石のところで止まったからだという説もあります。
しかし、次のような有名な由来話があります。寛永9年初夏、大水が出たとの知らせを受けて、3代将軍家光が直々に隅田川にお出ましになりました。
しかし、隅田川は濁流がうずまき対岸の様子がわかりません。
誰か見に行けといっても誰も名乗りをあげません。
この時、将軍の勘気を蒙っていた阿部豊後守忠秋が、見事に濁流を乗り切り対岸の様子を報告し大いに面目を施したというお話です。
その際に阿部豊後守がこの石に駒を止めたので駒止石と呼ばれるようになったというお話です。
この近くに、駒止め井戸、駒止め稲荷、駒止め銀杏があります。
この話は「隅田川誉れの水馬」という講談にもなっています。
【本所由来説】
写真の正面がスカイツリーですが。左に見えるのは両国公会堂です。大正15年に建設されました。
現在は老朽化したため使用停止となっています。
ところで、本所という地名の由来説について、この旧安田庭園を造った本庄家に関係する説がありますので紹介します。その説は、桂昌院の実家である本庄家の屋敷があったため、多くの人が出入りし、「本庄に行く」という言葉が盛んに使われたことによるという説です。
この他にも由来説があるそうですが、江戸時代の天和頃までは本庄の文字が多く使われ、元禄以降は本所の文字が多く使われているようです。
本庄と言うと中世の荘園制度に由来する地名と考えがちですが、この辺りでは荘園の存在がはっきりしないため、墨田区の場合には荘園制度の本所や領家などとは違うものだと区史には書かれています。

