この本には、町火消し、定火消、大名火消の三火消しについて書かれています。今日は、「江戸三火消図鑑」に基づき、定火消の体制について、書いてみます。
定火消の指揮者は火消役ですが、火消役は、4千石以上の旗本を充てました。
「江戸三火消図鑑」に書かれている火消役は次の通りです。
なお、この火消役がいつの時点のものなのか書かれていません。
また、火消役がどういう人物かも書かれていませんので名前と石高だけ書いておきます。
四谷御門内 室賀兵庫 7千石
駿河台 内藤外記 5千500石
赤坂御門外 小笠原大膳 5千石
飯田町 坪内惣兵衛 5千500石
小川町 武田刑部 5千700石
八代洲河岸 皆川左京 5千石
麹町御門外 近藤宮内 4千500石
市ヶ谷佐内坂 大久保宗三郎 5千石
御茶ノ水 久世三四郎 5千石
赤坂溜池 斎藤頼母 5千石
なるほど、すべて4千石以上ですね。
その火消役の下に、与力、同心、そして火消人足の「臥烟(がえん)」が配属されました。
与力は6名配属され、内訳は、 使番1人、纏(まとい)番正副各1名、梯(はしご)番1名、小纏1名、水番1名 でした。
同心は 30人いました。 上番10人、下番5人、水番10人、残番5人でした。
実際の消火活動にあたるのが臥烟(がえん)です。
臥烟は、合計で110人配属されました。
内訳は纏番12人、玄蕃桶持6人、梯番16人、龍吐水持8人、鳶口持10人、籠長持2人、用箱持1人、部屋頭3人、役割2人、他に中間50人 でした。
「江戸三大火消」によると、臥烟について「江戸乃華」では次のように書いているそうです。
火消卒をがえんという。即ち臥烟の音称なり。この臥烟というものは江戸者多し、極寒といえども邸の法被一枚の外衣類を用いず。消火に出る時は満身の文身(いれずみ)を現し、白足袋はだし、身体清く、男振美しく、髪の結様、法被の着こなし、粋にして勢よく、常に世間へは聊(いささ)かの無理も通りければ、寒の苦を忘れて、身柄の家の子息等の 臥烟に身を誤るもの少しとせず、此者共皆大部屋に一同起臥し、部屋頭の取締りを受く。又義侠ありて、よく理非を弁う。火事無き時は三飯の外吾身の掃除なり。夜中臥すに長き丸木を10人~15人一同枕とす。櫓太鼓鳴るや枕木の小口を打ちて起こせば、直ちに飛出て火に赴くという、火中命を捨てる者ままあり。

