昨年は1年間ブログをお読みいただきありがとうございました。
お陰様で、開設以来の訪問者数が9万7千を超え、年明け早々には10万を突破する見込み です。
これもひとえに毎日お読みいただく皆さまのお陰と心より御礼申し上げます。
これからも、大勢の皆さまにご愛顧いただけるよう日々精進しますので、引き続きご訪問ください。
年の初めですので、初富士について東都歳時記からご紹介します。
東都歳時記には、次のように書かれています。
初富士 東都景物の最初たるべし。されば江戸の中央日本橋のあたりを以て佳境とするにや。
又駿河台御茶の水、其余高き所より眺望す。
深川萬年橋の辺を、いにしへ富士見が關(せき)とよびけるとぞ。富士を見るによし。
江戸からの富士は、日本橋から見るのが素晴らしかったようです。
葛飾北斎の富嶽三十六景にも日本橋周辺から書いたものが多いのも景色が素晴らしかったからなのでしょう。
右上の浮世絵は、富嶽三十六景のうちの「江都駿河町三井見世略図」です。
江戸の日本橋駿河町にある越後屋のお店の向こうに見える富士を描いたものです。
こちらは、現在の富士山です。我が家のリビングからは遥か遠くに富士山が見えます。

【初登城】
江戸文化歴史検定の今年のお題は「徳川将軍家15代」と決まったようです。
私は、政治史や人物史は大好きです。江戸文化歴史検定を受験される皆さんのお手伝いにもなれば幸いだと思って、今年は徳川将軍家に関する記事を随時書いていきます。
今日は、将軍家に対する年始のあいさつについて書いていきます。
東都歳時記には、初登城の様子が短く次のように書かれています。
御一門方御譜代御大名衆御礼(装束にて卯半刻出仕)御役人方御礼登城
と書かれています。
初登城は元日から三日までの三日間に、身分格式によって日を分けて行われました。
どのように年始の挨拶がされたか「徳川幕府事典」によると次のようです。
元日の登城参賀は、①将軍世子、②御三卿、③御三家、④譜代大名、さらに④特別待遇の外様大名、⑤高家、⑥幕府諸役人でした。
卯半刻とは午前7時頃を云いますので、初登城は早い時刻に行われたようです。
元日は、中奥御座之間で将軍世子と御三卿により年賀が行われました。次いで白書院で御三家や加賀、越前、井伊など四位以上の者の年賀が行われました。ここでは、将軍は上段に着座し、拝謁者は一人ずつ下段に進んで、太刀を献上し、将軍から盃・時服が下賜されました。
その後、大広間で五位以下の者から年始のお祝を受けましたが、この際、将軍は着座せず立ったまま年賀を受けました。将軍が下段に立ち、老中2名が左右から、二之間との境にある襖を開けると、二之間に控えた人たちが一同揃って挨拶しました。
二日の登城参賀は、①御三卿の子息 ②御三家の嫡子、④外様大名 ⑤万石以下の従五位、⑥布衣 ⑦御目見以上
2日目には、旗本も将軍に拝謁しました。
三日の登城者は、①無位無官の大名・寄合 ②500石以上の無役の旗本 ③御用達町人等でした。
500石以下の無役の旗本は3年に一度の拝謁でした。
「徳川将軍15代」のカテゴリーとしたものが、今年のお題に関する記事です。江戸文化歴史検定を受験される方に少しでもお役に立てば幸いです。
また、大江戸散歩の記事も引き続き書いていきます。さらに、今年は「御府内八十八ヶ所巡り」の結願、「江戸三十三ヶ所巡り」も課題ですので、しっかりお参りしてこちらの記事も書いていこうと思っています。
引き続き是非ご愛読ください。

