滝山東照宮は「たきやま」ではなく「たきさん」と呼びます。
名鉄の東岡崎から北東方向へ直線距離で5キロ少しあります。今回は乗用車でいきましたが車で20分弱かかりました。
滝山東照宮は、日光東照宮、久能山東照宮とともに日本三大東照宮の一つに数えられる格の高い東照宮です。しかし、そのことは今回岡崎へいく準備の中で知りました。このことを知ったので、岡崎の中心部からはちょっと離れますが訪ねてみることにしました。
山の中でしたが、重要文化財が数多くあり感激しました。
左上写真は、東照宮の石鳥居です。岡崎藩主水野忠善が正保2年(1645)12月7日に奉納したものです。
「滝山東照宮は、3代将軍家光が、酒井忠勝、松平右衛門太夫正綱、滝山寺の青竜院亮盛(りょうせい)の3人を召し、『家康誕生の地である岡崎城付近に権現様を勧請したい。滝山寺は古跡で岡崎の要害の地で、家康が岡崎在城の折に信仰の篤かった霊地であるため、彼の地に東照宮を勧請するように』と命じ創建されました。」と由緒に書かれています。 左上写真は東照宮拝殿です。
滝山寺本堂の東側のやや小高い場所を整地し、正保2年(1645)5月に着工、正保3年9月に竣工したと伝えられます。正保3年9月17日の遷宮には、家光の名代として寺社奉行松平出雲守が太刀一振り(長光銘)などを、家綱の名代として品川内膳正が太刀一振り(正恒銘)などを奉納しました。
その太刀は現在は滝山寺に保存されているとのことでした。
左上写真は、東照宮の本殿です。極彩色の華麗な彫刻がされています。
社殿は、本殿、幣殿、拝殿のある権現様式ですが、本殿と幣殿の間に中門がある特徴的な造りになっています。建物には東照宮特有の絢爛豪華な漆塗り、極彩色がほどこされ、創建以来、江戸時代に7回、近年では昭和44~46年に修理が行われています。
左写真は本殿の前にある中門です。
拝殿の前には、水屋と手水鉢があります。水屋は、彩色がないため簡素に見えますが屋根は銅瓦で葺かれています。
手水鉢は花崗岩製で、吉田城主の小笠原忠知が、正保2年12月17日に奉納したものです。
本殿、幣殿、拝殿、中門、鳥居、水屋は、昭和28年に国の重要文化財に指定されています。
左側に掲載した写真すべてが重要文化財です。すごいですね。
拝殿の中には、三十六歌仙絵が掲げられていました。狩野探幽一門の絵師が書いたもので、岡崎市の指定文化財となっています。
明治初年まで、滝山寺が別当寺でしたが、神仏分離により明治6年に無格社となり、大正5年に村社となり常盤神社と名を改めました。そして、昭和29年に社名を再び東照宮としました。
滝山寺については明日書きます。

