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松平忠輝と松平忠直の改易(徳川将軍15代)
 秀忠は、昨日書いたように、有力外様大名を改易に追い込みます。
 しかし、外様大名だけでなく、将軍家一門も容赦なく改易しました。
 その典型が、秀忠の弟松平忠輝の改易と甥で娘婿でもある松平忠直の改易です。

松平忠輝の改易 
 まず、松平忠輝ですが、松平忠輝は、家康の六男。母は茶阿局(ちゃあのつぼね)です。
人相が悪く、初めてに会った家康が「捨てよ」と命じたという話もあります。
 そのため。小さいころは皆川広照に育てられます。
松平忠輝と松平忠直の改易(徳川将軍15代)_c0187004_1328633.jpg 成長し、長沢松平家1万石の家督を相続し、松平忠輝と名乗りました。
 伊達政宗の娘・五六姫と結婚し、関ヶ原の戦い後は、下総佐倉5万石を領した後、信濃川中島14万石(12万、18万石とも)に転封し、さらに慶長15年(1610)には、越後高田藩75万石の藩主となりました。
 右上写真は現在の高田城です。
 大坂冬の陣では江戸城西ノ丸守備を命じられます。
 夏の陣では大和口総大将として出陣しますが、戦闘に遅れ、さらに、大坂夏の陣に参加する途中の近江守山宿騎乗したまま忠輝の部隊を追い越そうとしたで秀忠の旗本2騎を無礼討ちにしていたことが判明しました。
 このため家康の怒りを買い、蟄居させられ、家康の容態が悪くなった際にも家康は面会を許しませんでした。
 そして、家康がなくなった後、元和2年(1616)7月、幕府は忠輝の改易と伊勢朝熊への配流を言い渡しました。
 ついで飛騨高山、信濃諏訪と移され、92歳の長命を保ち、5代綱吉の時代になくなりました。

松平忠直の改易 
 松平忠直は、越前藩主松平秀康の長男です。
 慶長11年には、秀忠の三女勝姫と結婚し、慶長12年(1607)に父秀康の領地越前国福井藩(67万石といわれる)を相続しました。
 元和年(1615)の大坂夏の陣では真田幸村らを討ち取るという大功をたてました。喜んだ家康は、名器「初花」を与えました。しかし、官位が参議従三位に進むだけで、領地の加増はなく、恩賞の少なさに不満を抱いたと言われています。
 その後酒色にふけり、領内で残忍な行為を行っているとの評判がたちました。
 さらに、父秀康に殉死した小姓永見貞武の未亡人を側室にしようとして、それを拒絶さられると永見一族を惨殺してしまいました。
 また江戸への参勤が遅れたり、参勤の途中、無断で国へ帰ったりして江戸へ出府しないことがおこりました。
 こうした無軌道な行動がたび重なったため、秀忠は、元和9年(1623)、忠直に隠居を命じ、豊後萩原に流しました。
 そして、寛永元年(1624)忠直の子光長を越後高田25万石に減封し、忠直の弟忠昌を高田から福井50万石に移しました
 豊後に流された忠直は、その後は穏やかに過ごしたと伝えられ、慶安3年(1650)に56歳でなくなりました。

  なお、忠直監視のため幕府目付が豊後府内に常駐し、豊後日田の石川忠総(6万石)とともに、九州大名を監視する拠点となりました。

 越前松平家は、秀忠の兄秀康が初代であるため、「制外の家」つまり将軍の支配外にあると言われ、わがままを許されてきましたが、しかし、幕府が安定してきた、忠直の代には、このようなわがままを許さないほど将軍の力が高まってきたことを表しています。
 忠輝・忠直の改易から、たとえ、一門であろうと、主従関係を明らかにして、それに従わない家については、処罰するという意図が明確にあらわれています。
by wheatbaku | 2012-06-01 13:21 | 江戸検お題「徳川将軍15代」

江戸や江戸検定について気ままに綴るブログ    (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」)
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