もともと、7月10日は、浅草寺の「四万六千日」です。
「四万六千日」は「功徳日」の一つです。「功徳日」というのは、その日に参拝すれば100回、300回といった参拝に相当する御利益(功徳)が得られるというものです。
この日にお参りすると四万六千日お参りすることに相当するということで「四万六千日」と言います。
東都歳時記には
観音千日参 世俗四万六千日ともいう。この日詣づればこの日数に向かうという。
浅草寺 両日の間昼夜参詣の老若引きもきらず。」と書かれています。

昨日の浅草寺は、大勢の参拝客で、まさに東都歳時記に書かれているとおりでした。
本堂前には、「四万六千日」と書かれた横断膜が掲げれていました
法要もひきりなしに行われていて内陣は大勢の参拝客で一杯でした。
法要では、観音経が読誦されました。
この「四万六千日」の功徳日に合わせてほうずき市が開催されます。ほうずき市は、江戸時代中期の明和年間におこったものと考えられています。
もともとは、お盆を前にして、盆棚かざりに使うほうずきを霊場で求めておこうという民間信仰により始まったものと考えられています。
ほうずき市の露店は120店もでるそうです。宝蔵門の前から始まって、本堂南東前さらに浅草神社の間に多くの露店が並んでいます。
それでも最近は警察の暴力団対策の強化から出店が少なくなっているとのことでした。
写真は、宝蔵門前のほうずき店です。
右写真は、ほうずき店から見る五重塔と宝蔵門です。


ここで売られているほうずきの産地は案内には江戸川区鹿骨で栽培されていると書かれていますが、実際は様々な産地のものが売られていました。ちなみ静岡、茨城のものもありました。ほうずきの鉢植えは、下の方が赤くなっていますが、上野の部分はまだ青いのですが、順に赤くなっていくんだそうです。
ほうずきというと赤い実が目につきますがが、よくみると花がさいているのに気が付きました。当然といえば当然ですよね。
ほおずきの名前の由来は、果実を鳴らして遊ぶ子どもたちの頬の様子から「頬突き」と呼ばれるようになったという説があります。それからすると「ほおずき」でなく「ほおづき」と書くのが正しいかもしれません。
四万六千日が話題の背景になっている落語があります。「船徳」という落語です。
勘当された若旦那の徳三郎が船宿の居候をしているうちに船頭になりました。
四万六千日に客を二人乗せて船を出したがいいが、慣れていなくて上手く船がこげないため石垣に寄ったりした後、浅瀬に乗り上げてしまいました。客は水の中を歩いて陸へあがろうとします。ぐったりした徳三郎「すみまんが、船頭を一人やとってください」
私は「四万六千日」という言葉を知ったのはこの落語でした。

