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綱吉の妻妾(江戸検お題「徳川将軍15代」)
 綱吉の妻妾について書きます。
 綱吉の正室は、鷹司家左大臣教平の息女信子です。寛文3年(1663)に綱吉との縁組がきまり、翌年9月18日に神田館で婚礼が行われました。
 綱吉18歳、信子13歳でした。

 綱吉が5代将軍になるに伴い、7月に本丸に入り、御台様と呼ばれるようになりました。
  しかし、綱吉との夫婦仲は必ずしも良好ではありませんでした。
 そうしたこともあって、綱吉との間には一人の子供もできませんでした。
 綱吉の子供としては、徳丸と鶴姫が知られています。
 この二人を生んだのが側室お伝の方です、
c0187004_16433120.jpg  お伝の方は、黒鍬者小谷伝兵衛の娘として生まれました。母紫は家綱生母のお楽の方のいとこにあたるそうです。
 お伝の方は13歳で、桂昌院付の女中として奉公に上がりました。
 その頃、綱吉は20歳を過ぎていましたが、まだ子供が一人もいないため、一日も早い世継ぎを望む桂昌院が、年若く利発で美人のお伝に目を付けて綱吉にすすめたと言われています。
 お伝は綱吉の寵愛を一身に受け、延宝5年(1677)に鶴姫を、次いで延宝7年(1679)つまり綱吉が将軍になる前年に徳松を生みました。

 綱吉の側室は、お伝のほか、大典侍(おおすけ)と新典侍(しんすけ)の二人がいます。
 この二人は二人とも京都の公家の出身で、大典侍は清閑寺前大納言 房の娘で、正室信子に従って京都から下ったとも言われています。
 また新典侍は、日野大納言弘資の娘実は豊岡大蔵権大輔有尚の娘でした。初め神田館に迎えらえました。その後本丸に信子のお供として入り、綱吉の目にとまり寵愛をうけるようになりました。しかし、二人とも子供は生みませんでした。

 綱吉の実子は、鶴姫と徳松です。
 徳松は、天和3年(1683)閏5月28日に4歳で坊くなってしまいました。
 鶴姫は、貞享2年(1685)に御三家の一つ紀伊家の徳川綱教(つなのり)と結婚しました。9歳の時でした。
 綱教との仲は良かったようですが、子供に恵まれず、宝永元年(1704)4月12日に28歳で死去しました。
 綱吉は59歳でした。鶴姫の死去により直系の子供による世継が困難になったことから、甥の綱豊を養子にすることが12月5日公表され、綱豊は家宣と名を改めて、12月13日に西の丸に入り将軍家世継となりました。
 翌年の宝永2年6月22日には、母桂昌院がなくなりました。
 こうして近親者が次々となくなり、綱吉も、宝永5年末には病に倒れます。宝永5年正月2日は「麻疹」と診断され、新年の拝賀は家宣が綱吉に代わり執り行いました。
 9日には酒湯が催され、病気回復を祝いましたが、翌朝急死しました。
 遺骸は、上野寛永寺に埋葬されました。
 右上の写真は、寛永寺にある綱吉の霊廟である常憲院霊廟の勅額門です。

 その1か月後には御台所の信子も急死しました。死因については「麻疹説」「天然痘説」さらには「柳沢騒動」説など諸説あります。

 これで、とりあえず綱吉についてのお話は一区切りとさせていただきます。
 明日は、用事があって京都に行ってきます。
 来週は、京都の幕末史跡のお話を書こうと思っています。
by wheatbaku | 2012-08-04 13:41 | 江戸検お題「徳川将軍15代」

江戸や江戸検定についてに気ままに綴るブログ    (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」)
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