今回の京都幕末史跡めぐりは、伏見(寺田屋、鳥羽伏見の戦跡)、京都御所、それに新撰組がポイントでした。
新撰組に関して、壬生は昨年訪ねていますので、その後のゆかりの地を訪ねました。その時にどうしても行きたかったのが「油小路の変」ゆかりの地です。
そこで、2日目の午前中は、不動堂村屯所跡、本光寺、油小路、西本願寺と歩いてきました。
その際に、巡り合ったのが本日紹介する「西川油店」です。
そもそもきっかけは、伊藤甲子太郎が襲われた場所はどこが訪ねるためです。
右写真をみてお分かりになるように、西川油店はもう明らかに老舗の造りです。
このお店であれば、幕末のことを聞いても大丈夫だと思い、入り口をくぐりました。出てきた奥様(左写真)は大変上品な方で、伊藤甲子太郎が襲われた場所はすぐに教えていただきました。
その際に、店内を見させてもらうと、古い道具が一杯ならんでいます。
それをお尋ねすると、古い油屋さんであることがわかり、つい説明に引き込まれていきました。
西川油店さんは、天保6年(1835)創業の油屋さんで、創業から大正8年まで、製造・卸・小売を行ってきて、現在は、製造はやめて、卸・小売だけになっています。そして、製油関係の道具類が残っているのが大変珍しいと言われたことから、店内に道具類を展示しているようです。
店内に展示されている道具は、主に製造工程の道具です。江戸時代は、植物の種子を圧迫して搾る方法で、油を製造していました。
そのため、種子を圧迫して搾る道具が大切でした。
店には、菜種油の圧搾機のミニチュアが展示されていました。
下の丸い部分に種子を入れて、上から圧搾しますが、両側にくさびを打ち込んで圧力をかけます。
こうした方法で圧力をかけると、種子から油がゆっくりと流れ出してきます。
それを臼で受けて精油するそうです。
ところで、一口に植物油と言っても多くの種類があることを知りました。油の種類を書いたのぼりがあったためです。
この幟は昭和10年の初荷の際に使用したものだそうですが、多くの油名が書かれています。
菜種油、大豆油、椿油、山茶花油、胡麻油、落花生油、荏油、亜麻油、麻実油、桐油、ヒマシ油 などなど。油といっても種類がこ~なにあるんだと驚きました。
そして、絞った油は、桶に入れて行商したり、店頭で量り売りしました。
その道具も、店内に展示されていました。左が行商用の道具で天秤で桶を担いで売り歩いたそうです。右側は店頭販売用の容器で、この容器に入っている油を量り売りしたそうです。


店頭では、現在も油を販売しています。菜種油や胡麻油がメインでしたが、これをと勧められたのが胡麻油でした。
キャップを取って香りを嗅がせてもらいましたが、濃厚な香りで、まさに胡麻の香りがしました。
あまりにも胡麻の香りがよいので、つい買ってしまいました。お値段は600円でした。思いがけない京都土産になりました。
奥様、貴重なお話ありがとうございました。
皆さんも、京都に行かれたら、「西川油店」さんに寄られたらいかがでしょうか。
最後に、伊藤甲子太郎が襲撃された場所と油小路の変が起きた場所の写真を載せておきます。
左写真の左手路地の奥で伊藤甲子太郎が襲撃され、その遺体を放置されたのが右写真の油小路七条です。
遺骸を取りに油小路に駆け付けた高台寺党の面々を新撰組が襲撃し殺害しました。これが「油小路の変」です。
油小路の変については、後日、改めて書きます。


赤印が「西川油店」です。 京都駅から意外と近く歩いて10分ぐらいでしょう!
青印が伊藤甲子太郎が襲撃された場所です。 緑印が「油小路の変」が起きた場所です。
地図を拡大してご覧ください。

