このブログでは、引き揚げルート沿いの史跡を書いていますが、引き揚げルートそのものを表示できる機能がなさそうですので、ブログ上で表示していません。
ですから、前述のご質問はもっとなご質問です。
そこで、大まかルートを書いていこうと思います。
旧両国橋の東詰から一之橋を越えて一の橋通りを下り、萬年橋北交差点を西側に曲り、そしてすぐに左折します。そして道なり進みますと萬年橋の北詰にでますので、萬年橋を渡ります。萬年橋を渡ってすぐの南詰の交差点を西側に入ります。この道をまた道なりに南下していきます。
そうしますと、永代橋の東詰に出ます。ここで永代橋を渡ります。
さて、ここまで、書いてきて、はたと困りました。これからのルートは、江戸時代の霊巌島、現在の新川一丁目、二丁目を抜けるルートですが、ここの道順は複雑で文章で書くのが非常に難しいのです。
というのは、赤穂浪士一行は、通り名のない道路を通り、交差点名がない路地をまがったりしているからです。
そこで、赤穂浪士引き揚げルートについて書いた本を紹介します。
中央義士会監修「元禄の凱旋 赤穂義士の引揚げ」です。
この本に引き揚げルートが詳しく書かれています。
毎日文化センターの講座「『忠臣蔵』ゆかりの地を行く」でも、「元禄の凱旋 赤穂義士の引揚げ」に書かれているルートに沿って、歩いています。
この本は、実際にルートを踏破したうえで書いてあります。
赤穂浪士の引き揚げルートは、現在は、交差点名もない場所で右折・左折したりしていますので、そうした場所では、ビルの名前が明確にされていて、迷うことなく曲がれます。
赤穂浪士の引き揚げルートを歩こうとされ場合は、この本を参考にされるとよろしいと思います。
しかし、ブログの中でも、極力、ルートを詳しく書いていこうとは思います。

