花川戸公園のあったあたりは、昔は姥ケ池と呼ばれる大きな池であったといわれています。
姥ヶ池は、昔は隅田川に通じていましたが、明治24年に埋め立てられました。
ここには、「一つ家伝説」と呼ばれる少しこわい話があります。
いろいろなストーリーがありますが、土曜日の案内では、台東区教育委員会の説明板にそって説明しました。
説明板では次のような話になっています。昔、このあたりは奥州に通じる街道が通っていて、浅茅ヶ原(あさじがはら)と呼ばれていました。
その浅茅ヶ原の一軒屋に老婆と娘が住んでいました。
そして、娘が旅人を連れ込んで、その旅人が眠った時に、老婆が旅人の頭を石枕で叩いて殺して金品を奪っていました。
ところが、ある夜、娘が旅人の身代わりになって死んでしまいます。
老婆はそれを悲しんで悪業を悔やみ、池に身を投げて死んでしまいました。それから、人々はここを姥ヶ池と呼んだという伝説です。
これが「一つ家」伝説と呼ばれるものです。
しかし、「一つ家」伝説には多くのストーリーがあります。
一つ家伝説の諸説について「江戸の再発見」で稲垣史生氏が4種類のストリーを挙げています。
この伝説の中には観音信仰と結びつけられ、観音様の御利益を表した話(観音利生譚)もあります。
その一
浅茅ヶ原には野盗がおり、旅人を狙い殺人強盗を繰り返していました。
これを観音様が憐れんで、婆羯羅(ばから)竜王と娑羯羅(さがら)竜王を遣わし、老婆と乙女に変身させて野中の一軒家に住ませました。そして娘を狙って集まってくる泥棒を娘と寝させるようなふりをして寝床に誘い、天井から石を落して頭を砕いて次々を殺し千人にのぼる泥棒を殺害したので、浅茅ヶ原には泥棒がいなくなりました。
使命を果たした老婆は倶利伽羅竜王になり、乙女は弁財天女になったという観音利生譚です。
その二
浅茅ヶ原の一軒家に老婆と娘が住んでいて、旅人を呼び込んで寝ている最中に石で殺害していました。
そして、999人を殺した後、千人目の旅人が来て泊めてくれるよう頼みました。
老婆が承諾したので旅人が旅装を解いていると遠くから美しい笛の音が聞こえてきました。
その音は「日は暮れて野に伏すとも宿借りるな 浅草寺の一つ家のうち」と聞こえました。
旅人がおかしいと思い寝床を変えて寝ていると大石が石枕の上に落ちてきました。
驚いた旅人は家を逃げだし、行く手にお堂があったので、その中で夜を明かしました。このお堂が浅草の観音堂で、笛は観音様が草刈童子に吹かせたものだったのです。
これも観音利生譚でしょう。
その三
浅茅ヶ原の一軒屋に浪人夫婦と娘が住んでいました。
そして、娘が旅人を連れ込んで一緒に寝ている最中に、忍び寄って旅人の頭を石枕で叩いて殺して所持品を奪っていました。ところが、娘は善良な娘であったため、悪行を続けていると両親が地獄に落ちると考え、ある夜、娘が旅人の身代わりとなって石枕の上で寝ていて、それを知らない両親が大石を落したので死んでしまいます。
浪人夫婦は大変悲しんで悪業を悔やみ、娘の菩提を葬うために、行者となったというお話です。
その四
浅茅ヶ原の一軒家に老婆と娘が住んでいた。ある日、美しい稚児に化身して宿を求めました。
いつものように老婆は娘に命じたが、娘は若者の気高さ美しさに心を動かし、娘は若者を逃がし若者に代わって寝床に伏し、夜具をかぶって寝ました。
それと知らぬ老婆は、いつものように天井から大石を落とし、娘の頭を砕いて殺してしまった。老婆は、殺した後にその顔を見て腰をぬかした。
殺したのはまぎれもなく自分の娘でした。
老婆は娘を殺してしまったことを嘆き悔み、近くの池に身を投げて死んでしまいました。
以上いろいろなストーリーがありますね。
でも、このように整理されるとよくわかります。
赤印が姥ケ池跡です。

