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鉄砲洲稲荷神社(赤穂浪士の引き揚げルート17)
 今日は、鉄砲洲稲荷神社について書きます。
 新川を抜けて、亀島川にかかる高橋を渡ると鉄砲洲となります。
 鉄砲洲という名前は、徳川家康が江戸に入府した頃に、この土地が既に鉄砲の形をした南北に細長い川口の島であったからとも、寛永の頃に、此処で大砲の射撃演習をしていたので鉄砲洲此の名が生まれたとも伝えられています。

 鉄砲洲稲荷神社は、由緒書きによれば、平安時代の承和年間に、凶作に悩む桜田の住民が産土神を生成太神(いなりのおおかみ)として祀ったことに始まると言われています。
c0187004_1421662.jpg その後、埋立てが進み現在の京橋あたりに遷座し、さらに室町時代の末期に今の新京橋へ遷座し八町堀稲荷神社といいました。
 さらにその後、埋め立てが進行して海岸は東方へ移りましたので、寛永元年(1624)には、鉄砲洲に遷座し、従来から鉄砲洲に鎮座していた八幡神社を摂社としました。
 江戸で消費する米・塩・薪炭を始め大抵の物資が、此の鉄砲洲の港へ入ってきために、江戸の海の玄関に位置する鉄砲洲に鎮座する生成(いなり)大神は、船員達の海上守護の神としても崇敬されたそうです。

 江戸時代後期には吉田家により湊神社と名付けられ、また「浪ヨケイナリ」とも言われました。これについて、「名所江戸図会」では、次のように書かれています。
c0187004_214537.jpg 
 この地は、廻船入津の湊にて、諸国の商い船、普くここに運び、碇を下して、この社の前にて、積むところの品をことごとく問屋へ運送す。このゆえにや、近世(ちかごろ)、吉田家より湊神社の号を贈らるる。
 なお、江戸名所図会では、
 鎮座の来由、詳らかならず  とも書かれています。

 左の絵は歌川広重が描いた『名所江戸百景』「鉄炮洲稲荷橋湊神社」です。
 手前の川が亀島川で、中央奥に流れる川が八丁堀です。
 絵の下部中央に見える橋は八丁堀に架かっていた稲荷橋です。現在は、八丁堀が埋め立てられたため、橋はありません。
 左手に見える朱塗りの壁と社殿が鉄砲洲稲荷神社です。
 この絵が描かれた安政4年(1857)には稲荷橋のすぐ南にあった鉄砲洲稲荷神社は、明治元年(1868)120m程南の現在地に遷座しました。


 鉄砲洲稲荷神社は、関東大震災では大きな被害を蒙り、昭和10年、本殿や神楽殿が再興され、現在の形となりました。そして、昭和20年の東京大空襲では幸いにも被害を免れることができました。

【鉄砲洲富士】
c0187004_14212362.jpg  ここの富士塚は中央区にただ一つある富士塚です。
 この富士塚は寛政2年(1790)に築造されたもので、実際の富士山の熔岩を利用したものだそうです。
 江戸時代に造られたものが明治元年の神社移転ともに移転され、その後境内内を幾度か移築されて、現在の場所に築かれました。
 頂上には末社鉄砲洲富士浅間神社が鎮座しています。 高さは5.4メートルあります。
by wheatbaku | 2012-12-02 07:15 | 忠臣蔵

江戸や江戸検定についてに気ままに綴るブログ    (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」)
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