その帰りに、豆富料理で名高い根岸の「笹乃雪」に寄ってきましたので、今日は「笹乃雪」をご案内します。
「笹乃雪」は、JR鴬谷駅の北口改札から5分弱のところにあります。「笹乃雪」は初代玉屋忠兵衛が元禄4年(1691)に、寛永寺の輪王寺宮公弁法親王のお供をして、京より江戸に移り、江戸で初めて絹ごし豆富を作り根岸に豆富茶屋を開いたのが始まりだそうです。
寛永寺の初代住職は有名な天海大僧正ですが、2代目は天海の弟子の公海がなりました。
しかし、天海大僧正は、生前から、皇族を住職とするよう願っていて朝廷にお願いしていました。
そして、3代住職となったのは、後水尾天皇第3皇子の守澄法親王でした。
それ以降、代々法親王が寛永寺の住職となり、輪王寺宮と呼ばれました。
輪王寺宮は、寛永寺の住職のほかに、原則として天台座主を兼務し、さらに日光山・比叡山も管理しました。元禄3年(1690)に寛永寺住職となったのが、第5代の公弁法親王です。公弁法親王は、111代後西天皇のお子様です。
公弁法親王は、忠兵衛が作った豆富を大変好まれ「笹の上に積もりし雪の如き美しさよ」と賞賛され、「笹乃雪」と名づけました。そして、それが屋号となりました。
玄関を上った帳場の前には、公弁法親王から拝領した看板が掲げられています。
写真では、「笹乃雪」と書かれているのが見にくいのでが、現物をよく見ると「笹乃雪」と刻まれています。
その「笹乃雪」は、コースの中に必ず入っていますが、単品でも注文できます。
お値段600円ですが、口当たりが大変なめらかで、とろけるような感じです。この豆富は、「笹乃雪」の店舗の地下で、当時の製法そのままに、井戸水とにがりを使用して製造しているそうです。
井戸水も「笹乃雪」の地下80メートルからくみ上げているとのことでした。
また、「笹乃雪」の名物は、「あんかけ豆富」です。「あんかけ豆富」は二碗が並びます。
二碗が、「笹乃雪」流だそうです。笹乃雪のあんかけ豆富は、最初は一碗であったそうです。
ところが、輪王寺宮様が召しあがったところ、大変気に入られ「これは大変においしい。これからは二碗ずつ持ってくるように」と言われたので、それ以来、二碗一組で出すことになったそうです。ちなみに、あんの上には溶き辛子が一点浮かんでいるが特徴です。この辛子があんの甘さを一層引き立てますが、どうして辛子になったのかはわからないそうです。
「笹乃雪」には、次のような赤穂浪士の一人磯貝十郎左衛門と「笹乃雪」の娘と淡い恋のお話が残されているようです。
大石内蔵助以下17人が預けられた細川家のお屋敷に、笹乃雪の豆富が届けられました。
これは上野輪王寺宮公弁法親王の心遣いですが、この時届けられた豆富には、別の思いも込められていたそうです。
それは、「笹乃雪」の娘のお静が細川家お預けの赤穂浪士の一人の磯貝十郎左衛門に心を寄せていたのだそうです。
二人の最初の出会いは、お静が雪道で足をとられ滑りそうになったのを十郎左衛門が助けた時で、その後、十郎左衛門が俳人の宝井其角に連れられて「笹乃雪」に来たことで二人は再会を果たしました。
その後も十郎左衛門は本当の名前も身分も明かすことなくたびたび来店したようです。
この二人の間には、淡い恋がめばえていたのではなかろうかと伝わっているようです。
赤印が笹乃雪です。鶯谷駅の北口からだと至近距離です。

