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四千両小判梅葉(人形町散歩、黙阿弥ゆかりの地)
 人形町散歩に戻ります。
 人形町での歌舞伎ゆかりの地の最後になりますが、今日は、河竹黙阿弥の「四千両小判梅葉」ゆかりの地を紹介します。
 それは「小伝馬町牢屋敷跡」で、現在では十思公園や十思スクエア、大安楽寺などになっています。
 
 「四千両小判梅葉」は、幕末に実際に起きた、江戸城の御金蔵(ごきんぞう)を破った事件を題材にしています。
 「四千両小判梅葉」は「しせんりょうこばんのうめのは」と呼びます。人形町散歩の際に「よんせんりょうこばんうめのは」と言っていたら、同行の忍び駒様に早速「しせんりょう!!」とご指摘を受けました。
四千両小判梅葉(人形町散歩、黙阿弥ゆかりの地)_c0187004_16443887.jpg 「四千両小判梅葉」は、黙阿弥70歳のときの作品で、明治18年11月に千歳座(現在の明治座、右写真)で、初演となりました。
 初演は、5代目尾上菊五郎が富蔵(とみぞう)、3代目市川九蔵(のちの7代目市川團蔵)が藤岡藤十郎に扮しました。
 五代目菊五郎のお家芸ともいうべき名作と言われていて、昨年10月に新橋演舞場で上演されました。

 浪人藤岡藤十郎は辰巳屋の遊女お辰に入れあげて金に困っているところに、むかし藤岡家で中間奉公をしていて、いまはおでん屋をしている富蔵に御金蔵破りを誘われ、4千両を盗み出すことに成功します。
 藤十郎はすぐに山分けしようとしますが、富蔵が藤十郎の家の床下へほとぼりが冷めるまで埋めておこうと言います。
 二人は自分の分け前を少しずつ使っていましたが、悪事の露見が近いと思った富蔵は最後に3百両を藤十郎から受け取って母のいる金沢へ行き、そこで捕まります。
江戸に護送される富蔵は途中の熊谷にある妻と子、舅が営むうどん屋の前で、籠に入ったまま家族と再会し別れを惜しみます。一方で、藤十郎も、身をきれいにしてから捕縛されます。
 富蔵は町人の罪人が入れられる西の大牢で、二番役につき、新入りの囚人を問い詰めています。
 その中には遺恨のある生馬の眼八(いきうまのがんぱち)もいました。
 そして、判決の言い渡しが近づいたため牢名主から新しい着物と帯をもらいます。
 そして、市中引き回しのうえ磔の刑の言い渡しを受けた富蔵は、藤十郎とともに囚人達に見送られて刑場へ引かれて行くのでした。

 当時、千歳座にいた田村成義は、幕末には小伝馬町の牢役人だったので、実際の牢内のしきたりを教えるなどしたそうです。
四千両小判梅葉(人形町散歩、黙阿弥ゆかりの地)_c0187004_8451247.jpg   田村成義は、日本橋で生まれ、田村家の養子となり,伝馬町の牢獄に勤め、明治になって、千歳座(現在の明治座)で初めて企画製作を行い、守田勘弥の死後には歌舞伎座を経営しました。
 歌舞伎座がの経営が松竹に移った後には、市村座の経営にあたり、6代目尾上菊五郎と初代中村吉右衛門の2人を市村座に出演させ、いわゆる菊吉の市村座時代という黄金期をつくり、2人を育てました。
 一時「田村将軍」と呼ばれるほどであったと言います。

 「西大牢の場」で行われる囚人の「すってん踊り」や、富蔵が新入りの囚人たちに向かって独特の調子で牢内のおきてを話す「シャクリ」というセリフ、飯を盛るうつわなどの細かいものも、すべて田村成義の考証によるものだそうです。
 その牢内の有様があまりにもリアルなため、「西大牢の場」は「獄中の活歴」と評されたといいます。

 大評判になった「西大牢の場」は、小伝馬町牢屋敷での場面です。
 小伝馬町牢屋敷は、江戸時代の慶長年間から江戸時代を通じて、小伝馬町にあって、明治8年(1875)に市ヶ谷監獄が設置されるまで使用されました。

 小伝馬町牢屋敷跡は、現在は、十思(じっし)公園や十思(じっし)スクエアとなっています。
四千両小判梅葉(人形町散歩、黙阿弥ゆかりの地)_c0187004_16453146.jpg 十思公園には、「時の鐘」が保存されています。
 写真左手に見えるのが「時の鐘」で、写真の奥に見える建物が旧十思小学校(現在の十思スクエア)です。
 牢屋敷というと刑務所と思う方が多いと思いますが、江戸時代には、刑罰は死刑と追放刑が中心で、懲役刑がありませんでした(永牢という長期間収監する刑が例外的にあります)。
 ですから、この牢屋敷は、刑が決まるまでの一時的な収容所という施設、今で言うと未決囚の収容施設(拘置所)でした。
四千両小判梅葉(人形町散歩、黙阿弥ゆかりの地)_c0187004_1646928.jpg

 牢屋敷は、約2700坪ありました。その中には、牢屋と牢屋敷を管理する役人の屋敷や事務所がありました。
 牢は一棟の建物で、大きく分けて、東牢、西牢に分かれていました。
 上の写真は、牢屋敷の模型ですが、手前中央が表門、左側の屋根がない部分が牢です。右の部分は、牢屋敷の事務所や牢屋奉行の屋敷などがありました。
 東牢、西牢にそれぞれ揚屋が二つ、大牢と二間牢が一つずつありました。
 揚屋(あがりや)は、御目見以下の直参、陪臣、僧侶、医師、山伏などを入れる牢屋で、町人や無宿人は、大牢、二間牢に入れられました。
 牢には、牢名主を筆頭とする牢内役人がいました。
 時代劇での牢屋の場面で、牢名主が何枚もの畳の上に座っている場面がありますが、あれは事実だったようです。
 牢役人は、名主、添役、角役、二番役、、三番役、四番役、五番役、本番、本助番、五器口番、詰之番、詰之助番の12名が幕府により決められました。
 さらに、隠居、隅の隠居なども随時決められました。
 
 「四千両小判梅葉」で、富蔵は二番役となっていますので、ナンバー4だったことになります。
 「西大牢の場」を見ても4番目に座っています。
by wheatbaku | 2013-01-16 07:25 | 大江戸散歩

江戸や江戸検定について気ままに綴るブログ    (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」)
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