実は、松平容保は、和歌の名手でもありました。
容保は、実父である美濃高須藩主松平義建(よしたつ)や義姉の照姫から和歌の手ほどきを受けて、和歌に精進しました。また幕末の歌人小出粲 (こいで-つばら)にも師事しています。
容保は時間があれば花鳥風月を詠んで楽しみ、容保が詠んだ和歌は、生涯で2300首以上と言われていて、人生の節目には、その心境を和歌に歌っています。
非常に有名なものが、京都守護職を受けるかどうか大変迷っている時に、実父の義建に送った次の和歌です。
行くも憂し 止まるもつらし 如何にせん 君と父と 思うこころ
容保の当時の心境を素直に歌っているように思います。
ちなみに、この歌に対する義建の返した歌は次の通りです。
父の名は よし立てずとも 君がため 勲(いさを)あらわせ 九重のうち
容保は、戊申戦争後の幽閉生活時代にも、度々歌会を催したそうです。この時詠んだ歌は「伊奈婆廼万都(いなばのまつ)」という歌集にまとめれられています。
明治年間には「芳山公和歌集」という歌集も編纂されています。
左写真は、右側が「伊奈婆廼万都」で、左が「芳山公和歌集」です。
戊辰戦争戦死者23回忌に容保が詠んだといわれる歌は次の通りです。
「なき跡を 慕うその世は隔たれど なお目の前の 心地こそすれ」
上記の松平容保の写真は国立国会図書館ホームページから転載したもので、国立国会図書館の許可を得て掲載しております。

