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浅野内匠頭長矩(江戸検お題「本当の忠臣蔵」5)
 今日は.3月14日、現代では「ホワイトディ」で記憶されている日ですが、約300年前の元禄14年(1701)に「松の廊下の刃傷事件」が起きた日でもあります。
 そこで、江戸文化歴史検定試験の今年のお題「本当の忠臣蔵」について赤穂浅野家の系譜を4代にわたり書いてきましたが、今日は、浅野内匠頭長矩について書きたいと思います。

 浅野長矩は、寛文7年(1667)8月11日、浅野長友の長男として江戸鉄砲洲(現東京都中央区明石町)の浅野家上屋敷で生まれました。

 父の長友が藩主に就任してわずか3年後の延宝3年(1675)に死去しため、長矩がわずか9歳で浅野家の家督を継ぎ、赤穂藩第3代藩主となりました。
浅野内匠頭長矩(江戸検お題「本当の忠臣蔵」5)_c0187004_21274325.jpg  同年4月7日には4代将軍徳川家綱に初めて拝謁し、父の遺物備前守家の刀を献上しました。
 さらに同年には、備後三次藩主浅野長治の娘阿久里との縁組が決まりました。そして阿久里はその準備のため延宝6年(1678)から赤穂藩の鉄砲洲上屋敷で暮らすようになりました。
 阿久里は、長矩と「いとこ」と書いてある本が見受けられますが、長矩の祖父の長直の妹が、浅野長治の正室となっていて、阿久里は、その娘です。
 つまり、阿久里は、内匠頭長矩から見ると、おじいさんの妹の娘です。従って、「いとこ」ではなく「いとこおば」です。

 長矩は、延宝8年(1680)8月18日に従五位下内匠頭に叙任しました。
 天和元年(1681)には、弟の長広とともに、山鹿素行に入門しています。
 そして、 天和2年(1682)には幕府より朝鮮通信使饗応役に選ばれました。

 天和3年(1683)は、長矩にとって大変重要なできごとが次から次と起きています。
 まず、2月には、霊元天皇の勅使饗応役を拝命しました。
 朝鮮通信使饗応役、勅使饗応役を2年続けて拝命していますが、この時の指南は、高家吉良義央が務めていました。この饗応役を浅野内匠頭は無事務め上げています。
 勅使饗応役のお役目が終わった直後の5月に阿久里と正式に結婚しました。
 長矩17歳、阿久里10歳でした。
 またこの結婚の直後の5月18日には家老大石良重(大石良雄の大叔父)が江戸で死去しました。
 そして、6月23日にはじめて赤穂に入りました。
 天和3年は、長矩にとって重要な出来事が2月、3月、5月、6月と、立て続けに起きていますね。
 この年は、内匠頭長矩も大変だったと思います。 
 
 元禄3年(1691)には本所の火消し大名に任命され、以降、しばしば火消し大名として活躍しました。
 もともと、赤穂藩浅野家は、内匠頭の祖父である初代長直の時から奉書火消命じられていて「火防の上手」と言われていました。
浅野内匠頭長矩(江戸検お題「本当の忠臣蔵」5)_c0187004_2128249.jpg 
 元禄6年(1693)12月22日には備中松山藩の水谷家が改易になったのを受けて、その居城である松山城の受け取り役を命じられました。
これを受けて長矩は、元禄7年(1694)2月に総勢3700名からなる軍勢を率いて赤穂を発ち、備中松山(現在の岡山県高梁市)へと赴むき、2月23日に城を無事受け取りました。。

 また元禄7年(1694)8月21日、弟の浅野長広に新田3000石を分知しました。
 翌元禄8年には長矩が疱瘡をわずらって一時危篤状態に陥ったため、長広を正式に嗣子として届けでました。

 元禄14年(1701)2月4日、二度目の勅使饗応役を拝命することとなります。
 そして、3月14日に松の廊下で刃傷事件を起こし、その日のうちに切腹となりました。
 これが「元禄赤穂事件」で、江戸文化歴史検定の今年のお題の中心テーマですので、この経緯については、後日詳しく書いてみたいと思います。
by wheatbaku | 2013-03-14 07:18 | 忠臣蔵

江戸や江戸検定についてに気ままに綴るブログ    (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」)
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