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強敵西郷隆盛が登場(八重の桜 第13回「鉄砲と花嫁」)
 先週の「八重の桜」では、西郷隆盛が蛤御門に薩摩兵を率いて現れました。
 そして、今週は、征長軍の参謀として、勝海舟と面談する場面があるようです。
 そこで、今日は、この時期の西郷隆盛について書いてみます。

 西郷隆盛は、明治維新の立役者であり、国民的人気が高いこともあるので、倒幕から明治維新にかけて一貫して活躍してきた印象があります。
 しかし、西郷隆盛は、島流しされていたり、薩摩で暮らしたりしていて政治の中枢で一貫して活躍していたわけではないのです。
強敵西郷隆盛が登場(八重の桜 第13回「鉄砲と花嫁」)_c0187004_8131179.jpg 
 西郷隆盛が生まれたのは、文政10年(1827)です。
 そして、弘化元年(1844)18歳で、郡方書役助となり、その後、書役となり27歳まで勤務します。
 島津斉彬に見いだされた西郷隆盛は、安政元年(1854)に、斉彬に従って江戸に上ります。28歳の時です。
 そして、一橋慶喜を将軍に擁立するために奔走する斉彬を助けて活躍します。
 しかし、安政5年(1858)、斉彬が亡くなります、一度は殉死を考えますが、僧月照に説得され思いとどまりました。
 しかし、安政の大獄が始まり、月照が追及されたため薩摩まで一緒に戻りますが、薩摩藩は月照を殺そうとしたため、西郷隆盛は、僧月照とともに薩摩の海に身を投じます。
 月照は死亡しましたが、隆盛は助かり奄美大島に流刑となります。32歳の時です。従って、約5年間、斉彬のもとで活躍したことになります。
 その後、文久2年(1862)2月、36歳の時に赦され,帰藩しました。約4年間、島流しになっていました。
 そして、久光の上京に合わせて下関までの先発を命じられます。
 しかし、西郷隆盛は、その命令に反して、京都まで進み、浪士と交わったため、久光の怒りをかい、4月帰国を命じられ、6月、徳之島に流され、8月改めて沖永良部島に遠島を命じられます。

 そして元治元年(1864)正月、大久保利通の計らいにより赦免され、2月に帰藩します。約2年間島流しになっていました。 
 8月18日の政変が起きたのは、文久3年(1863)のことですので、この時には、西郷隆盛は沖永良部島に流されていたのです。
 
 元治元年2月22日、吉井幸輔、弟の西郷従道らが沖永良部島に迎えにいきました。
 2月28日に鹿児島に帰着しました。3月4日京都に向かい。京都には14日到着し18日に軍賦役兼諸藩応接係を命じられます。軍賦役は、京都における薩摩藩の軍事面での最高責任者であり、今でいえば軍司令官です。
 4月には、さらに小納戸頭取に任命され、薩摩藩を代表する人物となります。37歳の時です。
 これから、西郷隆盛が政治の表舞台で活躍するのです。
 そして、蛤御門の変を迎えます。
 薩摩藩は、乾御門を守備していましたが、蛤御門を守備していた会津藩が苦境に陥った際に、薩摩藩兵を率いて、長州藩を撃退しました。
 西郷は、この戦いで、足に鉄砲傷を負いましたが、久光から刀と陣羽織と感状をもらいました。
 朝廷は、長州征伐を決定し、尾張藩の徳川慶勝が征長総督となりました。そして、西郷隆盛は総参謀となりました。
 当初、西郷隆盛は、長州藩を叩き潰す考えでした。
 しかし、その考えが一変して寛大論に変わります。
 そのきっかけとなったのが、9月に神戸海軍操練所頭取となっていた勝海舟と大阪で会見したことでした。
 幕臣であった勝海舟が「今は国内で争う時ではない。幕府はもはや天下を統一する力がないから、むしろ雄藩の尽力で国政を動かし、国内の統一をはかるのがよい」と言ったのでした。
 西郷隆盛は、この時の勝海舟の評価を次のように書いています。
 実に驚き入り候人物にて、最初は打叩く賦(つもり)にて差越し候処、頓と頭を下げ申候。どれ丈けか知略の有やら知れぬ塩梅(あんばい)に見受け申し候、先ず英雄肌合の人にて、佐久間より事の出来候儀は一層も越え候はん。

 勝海舟の意見を聞いて、西郷隆盛は、長州征伐を厳格に行うことによって衰退した幕府を助けることになってはならない考え、総督の徳川慶勝から長州藩処分について一任を取り付けました。
 そして、西郷隆盛自ら広島に向かい長州藩に、禁門の変の指揮を執った福原越後、国司信濃、益田喜右衛門の三家老を処分し、五卿を筑前に移すことなどを要求します。
 長州藩政府は、要求を飲みますが、高杉晋作たちが、五卿の筑前藩に移すことに抵抗しました。
 そこで、西郷隆盛は直談判を行い事態を収拾しました。
 こうして、長州藩と一戦も交えず、長州征伐を収束させるのでした。

 この後、西郷隆盛は、会津藩の強敵となってきます。
 今日の「八重の桜」では、勝海舟と西郷隆盛の会見の場面が設定されているようです。
 どんな会話がかわされるのでしょうか楽しみです。 
 ただし、私は、日曜日は、江戸検一級2期会の定例会がありますので、後で録画を見ることになりそうです。
by wheatbaku | 2013-03-31 08:15 | 大河ドラマ

江戸や江戸検定についてに気ままに綴るブログ    (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」)
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