桜田神社の前のテレ朝通りを広尾に向かい2分程度のところにあります。
寛永7年(1630年)に創建された浄土宗の寺で、沖田総司の墓があることで新撰組ファンには有名です。専称寺という名前は、「専らに称える」、つまり、専修念仏、称名念仏の意であるため、浄土教系の寺院に「専称寺」という名前が多くつけられているようです。
沖田総司は、陸奥白河藩士・沖田勝次郎の長男として、江戸の白河藩下屋敷で生まれました。
幼くして両親をなくし、姉に育てられたと言われています。
9歳の頃に、市谷にあった天然理心流の道場「試衛館」の内弟子となりました。剣の実力は天才的とも評され、若くして試衛館塾頭を務めました。
新撰組の近藤勇、土方歳三とは同門であり、浪士組結成の際に、近藤・土方らとともに 京都に上りました。
浪士組が江戸に戻らされた際にも、近藤・土方らと一緒に京都に残り、新選組の結成に加わりました。
新撰組では、一番隊組長として活躍しましたが、肺結核を発病し、有名な池田屋事件の際には、戦っている最中に血を吐いたともいわれています。
鳥羽伏見の戦い後、江戸に戻り、療養を続けましたが、慶応4年5月30日になくなりました。沖田総司の父沖田勝次郎は奥州白河藩の家臣で麻布の下屋敷に詰めていました。
この専称寺は白河藩阿部家の下屋敷の藩士たちの檀家寺だったそうです。
幕末の切絵図を見ると、阿部家下屋敷は、専称寺の西側のごく近いところにあります。
その縁で、この専称寺に沖田総司のお墓があります。
しかし、沖田総司のお墓詣りは制限されています。
庫裏には、左上のような張り紙がされていて、お参りができない旨が書かれています。
沖田総司の墓を訪れることはできませんが、寺の脇の小径から墓地の中にある墓を望むことができます。
屋根のあるお墓が沖田総司のお墓です。他のお墓と比べると小さめのお墓です。しかし、きれいに整っているのは、さすが新撰組人気ナンバーワンだけのことはあります。
通常の日はお墓参りはできませんが、新選組友の会が、年に一度「総司忌」を開催していて、総司忌には専称寺のご厚意により、お墓詣りが可能です。
今年の総司忌は6月22日に開催されるようです。
新撰組友の会のHPによると、今年の総司忌は次のようだそうです。
第39回沖田総司忌
日 時:平成25年(2013年)6月22日(土)
墓参11:00~12:30
赤字が専称寺です。 青が昨日紹介した桜田神社です。

