人気ブログランキング |
多門伝八郎覚書⑦中身は疑問(江戸検お題「本当の忠臣蔵」24)
多門伝八郎覚書は、浅野内匠頭の刃傷松之廊下の場や切腹の場に立ち会った当事者の記録としての価値が確かにあるのですが、一方で大変疑わしい部分もかなりあるといわれています。

 野口武彦氏は、ちくま新書「忠臣蔵」の中で、
c0187004_10131251.jpg
 庄田下総守が浅野内匠頭の切腹場所を座敷内でなく庭先とした措置について、多門伝八郎が異議を唱えた点は、事実であろうが、
「『多門伝八郎筆記』の根本史料としての信憑性はその辺までである。(中略)『多門伝八郎筆記』の記述それ自体が、史料として扱うには疑惑の度合が多すぎるという方向に進んでゆくのだ。ありていにいって、同書は、せっかくの客観的真実を伝えていながらそれをご破算にしてします壮大なホラバナシである。」
と「多門伝八郎覚書」は信頼できないと決めつけています。

そして疑わしい点を5点あげています。
 第一点は、切腹の直前に、田村邸に片岡源五右衛門が今生の別れをするために訪ねてくる話です。
片岡が訪ねてきた時刻は、伝奏屋敷の片づけと鉄砲洲の藩邸からの立ち退きで忙殺されているはずであり、(そんな余裕がないし)、さらに、赤穂側の史料にまったく書かれていない(から疑わしい)としています。
 第二点は、浅野内匠頭の辞世の一首です。
 浅野内匠頭がゆっくり墨を摺り、辞世を詠んでいるが、現場の空気はピリピリしていて、そんな悠長な場面ではなかったし、田村家・浅野家の記録にそんな記事がない(から疑わしい)と書いています。
第三点は、翌3月15日に広島藩浅野家から仙台藩伊達家と一関藩田村家に切腹の場所が不当だと厳重な抗議があったという話が書かれているが、事実そんなことはなかった(点が疑わしい)としています。
第四点は、3月15日に、多門伝八郎の登城前に番町の自宅に片岡源五右衛門が麻上下を着用して訪れ昨夜の礼を述べたと書かれているが、実際には、この日、内匠頭の葬儀があわただしく行われ、片岡は泉岳寺で落髪している(ので事実としては疑わしい)
第五点は、11月23日に、片岡源五右衛門が、江戸城内の「中之口」に参上して面会を申し入れたので、多門伝八郎は片岡源五に面会した際に、片岡が手土産に赤穂の塩を持ってきたとされているが、これではいくら何でも話が出来すぎているとしています。


c0187004_1013241.jpg  宮沢誠一氏も、三省堂「忠臣蔵」で、同様に書いています。
 浅野内匠頭に片岡源五右衛門が暇乞いに来た時、小書院の次の間」で、無刀のまま田村家の家臣に警固され浅野内匠頭が切腹するのを垣間見ることができたという。(中略) これはおそらく事実ではなく、多門が捏造した虚構の話であろう。
 さらに、浅野が切腹のときに自分の差料で介錯してほしいと願ったとか、有名な辞世の歌を詠んだとか、翌日に片岡が裃をお礼の挨拶にきたとか浅野本家の松平綱長が「庭前切腹」について伊達綱村に厳重に抗議したと疑わしい話が続出するのである。
 ここまでくる、当事者の主観的な思い入れからくる記憶違いというよりもむしろ意図的な伝説の創出といったほうがいい。気骨のある悲憤慷慨型の目付であった多門伝八郎は、浅野に同情するあまり自らが紡ぎだす「忠臣蔵」伝説に酔ってしまっているのである。


 このようにかなり批判が強い「多門伝八郎覚書」ですので、内容は注意して読む必要がありそうです。
by wheatbaku | 2013-05-29 10:08 | 忠臣蔵

江戸や江戸検定についてに気ままに綴るブログ    (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」)
by 夢見る獏(バク)
プロフィールを見る
更新通知を受け取る
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
以前の記事
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
ブログパーツ
ブログジャンル
歴史
日々の出来事