先日の集合場所は、東京駅の丸の内北口改札でした。
そこで、まず東京駅のご案内から始めたいと思います。
東京駅は、昨年の秋に修復工事が完了し開業当時の姿がよみがえりました。東京駅の開業は大正3年12月です。大正3年は西暦では1914年になります。
今年が2013年ですので、開業以来99年目ということになり、来年ちょうど100周年ということになります。
新橋駅ができた横浜新橋間に鉄道が開通したのが明治5年です。
東京駅は、明治にできていたと思っていましたので、意外と歴史が浅いのだというのが私自身の感想です。
開業当時は、新橋・上野間はつながってなくて、それをつなぎ、その中間に中央停車場を造るという構想のもとに東京駅が作られました。
当時の新橋駅(後の汐留駅 現在は廃止されています)から銀座を横切って現在の東京駅に結ぶと直線で結ぶことができますが、構想が建てられた頃は、銀座は既に繁華街として繁栄していたため、銀座を横切る案は断念され、現在の新橋駅(当初は烏森駅と言いました)を通り、有楽町駅から東京駅に向かう路線となりました。
東京駅の設計は、辰野金吾です。辰野金吾は、「中央駅、日本銀行、国会議事堂」の設計はぜひやりたいといっていたそうです。
辰野金吾は日本銀行の設計も手掛けているので、2つは実現したことになります。国会議事堂の設計を行う前に辰野金吾は亡くなっています。辰野金吾の設計した東京駅は洋風のものですが、当初の東京駅のデザインは和風の駅舎であったようです。
これはドイツ人の鉄道技師フランツ・バルツァーが設計したものですが、当時の鉄道院の幹部には不評だったようです。
そこで、辰野金吾に設計依頼があったようです。
辰野金吾は、オランダのアムステルダム中央駅をモデルにしたと言われています。
東京駅は、鉄骨煉瓦造りで造られています。煉瓦は渋沢栄一が経営していた深谷の日本煉瓦製造で焼かれたもので構造用に833万個、化粧用に94万個、約1000万個の煉瓦が使われています。
この縁で、JR深谷駅の駅舎は、東京駅を模したデザインとなっています。開業当時の東京駅では、乗車口と降車口が別々に設けられていて、丸の内南口が乗車口、丸の内北口が降車口とされていました。中央口は、皇室専用に造られたものです。
なお、まだ八重洲口はなく、八重洲口ができたのは昭和4年でした。
関東大震災にも耐えた駅舎は昭和20年5月25日の空襲によって屋根のドームが崩れ落ちレンガの外装はともかく屋根の形は元の外観をとどめる事は出来ませんでした。
そのため、昭和22年に改修された東京駅は、2階建てで、屋根がドームでなく八角形の屋根でした。
これが長いこと私達がなじんできた東京駅です。
しかし、今回の修復工事で当初の形に復元されました。
復元後の駅舎は南北の長さが335mもありドームの高さは約35mあります。
下写真は復元されたドームを見上げた写真です。

下の写真は上の写真を拡大したものです。
鳥が飛んでいますが、下から見ると鳩のように思われがちですが、実際は鷲です。
それと写真の両サイドに青緑色の円形のレリーフがありますが、これは干支のレリーフで、写真のものは右側が丑で左側が亥です。
ドームが八角形をしているので、干支も8個しかありません。
子、卯、午、酉がありません。ですから、下の写真でも、亥と牛の間にあるべき子がありません。


