人気ブログランキング |
赤穂城開城(江戸検お題「本当の忠臣蔵」30)
 今日は「忠臣蔵」の話題です。
 今日・明日と2回にわたり、赤穂城開城まで書きます。

 赤穂城の収城使は、刃傷事件の翌日の3月15日には、正使として隣国播磨竜野藩主脇坂安照、そして副使に備中足守藩主木下公定が任命されていました。
 そして、収城目付として、荒木 十左衛門・榊原采女が任命されました。

 赤穂藩では、主戦籠城説・復讐説・無血開城説・殉死嘆願説等が主張され議論沸騰となりました。

c0187004_23524486.jpg そうして中で、大石内蔵助は、浅野家の存続と吉良上野介の処分を願って江戸に嘆願使を派遣します。
嘆願使は、物頭役400石の多川九左衛門と歩行小頭300石の月岡治右衛門の二人が選ばれ、3月29日に赤穂を出発しました。
 彼らは4月4日に江戸に着きましたが、既に4月2日に収城目付が赤穂へ出発した後で、嘆願書を手渡すことができませんでした。
 そこで、困った嘆願使の二人は江戸家老安井彦右衛門に見せました。
 これをみた安井彦右衛門は驚いて、大垣藩主戸田氏定にこれを見せました。

 嘆願状は次の通りですが、
 「吉良上野介が無事と聞いて無骨者である家中の侍共は嘆いています。お二人の働きにより、どうか家中が納得する「筋」を立てていただきたい」と訴えています。
なお、この嘆願状は赤穂市発刊「忠臣蔵第3巻」収録の「大垣藩戸田氏播州赤穂一巻覚書」に載っています。

 相手上野介様御卒去之上内匠切腹被 仰付儀と奉存罷有候処、追而御沙汰承候処上野介様御卒去無之段承知仕候、家中之侍共は無骨之者共一筋ニ主人一人を存知御法式之儀不存相手方無恙段承之、城地離散仕候儀を歎申候、年寄共頭立候者共末々を教訓仕候而も無骨者共安心不仕候、此上年寄共了簡を以難申宥候間不顧憚申上候儀上野介様え御仕置奉願と申儀ニ而は無御座候、御両所様之以御働 家中納得可仕筋御立被下候 は難有可奉存候、
表御上着之上言上仕候而は城御請取被成候滞ニも罷成候処、如何奉存只今言上仕候、以上
  

 戸田氏定も驚き、速やかに赤穂城を開城するよう命じた意見書を持たせて赤穂に向かわせました。
 この意見書を持った多川・月岡両名が赤穂についたのは、4月11日でした。
 同じ日に、大石内蔵助は、家中の重要な家臣を集めて、切腹することについて賛同を求めていました。連判状に署名したのは29人に上りました。

 このことは岡山藩の忍(しのび)の報告書として、赤穂市発刊「忠臣蔵第3巻」に収録されています。

 頭立候侍中御城江呼揃内蔵介被申渡候ハ、上使御越被成候ハヽ一通りノ恨ヲ申上候て腹切り可死覚悟ニ候、同心之衆中ハ判形可被仕候、(中略) 連判之侍中都合弐拾九人ニ而御座候

 しかし、江戸からの使者が帰り、広島藩浅野家や大垣藩戸田氏定の意見書が届いたのを受けて、大石内蔵助は、赤穂城開城を決意します。
 そして、切腹に賛同したものを再度集めて、開城についても同意を得ています。

 同じく岡山藩の忍びの報告書です。

 連判之侍中斗ヲ内蔵介屋敷江呼揃へ安芸守殿・采女正殿より参候御書ヲ拝見為仕候て、然上ハ無異儀御城ヲ相渡シ可申由ニ相談落着仕申候由

 従来は、開城のための評議は、家中の侍を一堂に集めて議論して決めたものと思っていました。
 しかし、岡山藩の忍びの報告を読むと、大石内蔵助は、用意周到に、家中の意見統一を図りつつ、赤穂城の開城をきめていったのですね。

 それにしても忍びの報告が残っているなんてすごいですね。
by wheatbaku | 2013-06-13 07:30 | 忠臣蔵

江戸や江戸検定についてに気ままに綴るブログ    (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」)
by 夢見る獏(バク)
プロフィールを見る
更新通知を受け取る
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
以前の記事
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
ブログパーツ
ブログジャンル
歴史
日々の出来事