「八重の桜」ゆかりの地ということですので、会津藩に関係する場所を中心に回ろうと計画しましたので、青山霊園に、山川浩(右写真)、秋月悌次郎、出羽重遠のお墓がありますので、それを巡りました。それと同時に、青山霊園には、有名人のお墓が数多くありますので、大久保利通や乃木希典などの有名人のお墓もまわりました。
そして乃木将軍との関係から、旧乃木邸と乃木神社も訪れました。
蚊がいてそれに時々悩まされましたが天気は晴天で霊園を巡るには絶好の日和でした。
青山霊園は、明治5年、郡上藩藩主だった青山家の下屋敷跡に開設されました。
当初は、神葬祭墓地として開設されました。
明治6年、明治政府は、都心部での寺院墓地での埋葬を禁止したため、民衆から猛反対が起りました。
そこで、明治7年、東京市は、全国初の宗教によらない墓地建設に着手し、青山、雑司が谷、染井、亀戸(後に整理廃止)、谷中の5箇所を公共墓地として売り出し始めました。
昭和10年、青山墓地を青山霊園と改称し公園墓地となりました。
敷地は約8万坪あり、墓地の部分はその48%だそうです。
青山霊園には12万7千人も埋葬されています。
その中には、多くの有名人のお墓があって、有名人のお墓をめぐる人も数多くいるようです。
乃木将軍は旧乃木邸の土地を明治12年に手に入れていましたが、建物は明治35年に竣工しました。。
乃木将軍がドイツ留学中見たフランスの連帯本部兵舎を模して自分で設計したといいます。建坪50坪ほど、延べ面積は121坪ほどの簡素な建物です。ここで、乃木将軍および静子夫人は、大正元年9月13日、明治天皇の大葬の儀が行われた午後8時ころ、自刃して亡くなりました。
乃木神社は、 大正8年(1919)には乃木神社創立の許可がくだり、大正12年(1923)11月1日鎮座祭が行われました。昭和20年(1945)5月25日未明の空襲により本殿以下社殿を悉く焼失しましたが、昭和37年9月13日御祭神50年祭に合わせて本殿・幣殿・拝殿が復興されました。
乃木神社では、結婚式が行われていました。この講座では、どういうわけか結婚式にめぐりあうことが多く、4回の講座の中で3回、結婚式にめぐりあいました。
乃木神社では、昨日は10組の結婚式が行われたそうです。
受講生の皆さんも、お二人の幸せをねがいながら、「幸せを分けてもらえる」と大喜びでした。
散歩が終わった後は、希望者で青山一丁目の『銀座ライオン』で打ち上げをしました。
お酒が飲める人はもちろんお酒が苦手な人も参加していただき、会津若松旅行の想い出話や史跡めぐりの話で大いに盛り上がり、あっという間の2時間半でした。最後に、参加者の皆さんで記念撮影です。
受講生のみなさん、楽しい散歩と飲み会ありがとうございました。
次回講座も楽しくやりたいと思います。またどうぞよろしくお願いいたします。

