人気ブログランキング | 話題のタグを見る
四十六士肯定論(江戸検お題「本当の忠臣蔵」99)
赤穂浪士の討入りと切腹について儒学者たちの間に大きな論争がおきました。
 いわゆる「赤穂四十六士論」です。


 大勢の儒学者たちが「赤穂四十六士論」を書いています。
四十六士肯定論(江戸検お題「本当の忠臣蔵」99)_c0187004_1032919.jpg  主なところを書くと次のようです。 
 林鳳岡(はやしほうこう)「復讐論」
 室鳩巣(むろのきゅうそう)「赤穂義人録」
 佐藤直方(さとうなおかた)「四十六人之筆記」
 浅見 絅斎(あさみ けいさい)「四十六士論」
 荻生徂徠(おぎゅうそらい)「四十七士論」
 太宰春台(だざいしゅんだい)「赤穂四十六士論」 などです。
 
 この中で、赤穂浪士の行為を肯定しているのが、林鳳岡「復讐論」、室鳩巣「赤穂義人録」、浅見絅斎(けいさい)「四十六士論」です。
 否定しているのが佐藤直方「四十六人之筆記」、荻生徂徠「四十七士論」、太宰春台「赤穂四十六士論」です。
 今日と明日は、その「赤穂四十六士論」の概要について、宮沢誠一氏著「赤穂浪士」と赤穂市発行「忠臣蔵」に基づいて書いてみたいと思います。

 今日は、この中で、肯定論について紹介します。
 
 赤穂浪士の切腹後、いち早く「復讐論」を書いたのは、大学頭林鳳岡でした。
 林鳳岡は、赤穂浪士を賛美する立場でした。
 宮沢誠一氏は
 「鳳岡は次のように主張する。赤穂浪士からすれば主君の讐を討つのは道義的に正しいけれど「法律」の立場からすれば、たとえ「亡君の遺志を継ぐ」行為でも、法を犯すものは必ず罰せられる。道徳と法律は立場を異にするが、「並び行われて」矛盾しない。(中略)
 このように、鳳岡の議論は、復讐の正当性と法の絶対性を説くことによって、幕府の処罰を赤穂浪士の行為をともに肯定し、浪士の仇討を人心の教化に利用しようとするものだった。」
と書いています。
 
 赤穂市発行の「忠臣蔵」には
 「林鳳岡は、幕府の法に触れることを知りながらも主君に対して義の道を全うせざるをえないという、幕府への義とわが主君への義が分裂した状態を現実として肯定してとらえているのである。将軍・大名と大名・家臣の関係が併存し、それぞれ独自の世界をもち、どちらか一つを完全に否定し切れない幕藩制の構造のもつ矛盾を、現実として矛盾のまま承認する形で四十六士を論じたのが林鳳岡であった。」
と書かれています。

 浅見絅斎(あさみ けいさい)は、山崎闇斎の高弟で、佐藤直方・三宅尚斎とともに「崎門三傑」と呼ばれた儒学者です。

 浅見絅斎は、佐藤直方の否定論を書いた「四十六人之筆記」に対する反論として「赤穂四十六士論」を書いています。
 「赤穂四十六士論」について宮沢誠一氏は
 「浅見絅斎は、吉良上野介が「私欲私意」から浅野内匠頭に「恥辱」を与え、激怒した浅野内匠頭が吉良上野介に斬りつけた「喧嘩」であると考える。
 「喧嘩」であるので、両者に「喧嘩両成敗の法」を適用すべきであったという。しかし、実際には、浅野内匠頭だけが処罰され、吉良上野介は何の「責罰」も受けなかった。これでは、浅野内匠頭は吉良上野介に殺されたも同然であり、浅野内匠頭の家臣としては吉良上野介義央を打たなければ「大義」はいつまでたっても実現しないと主張する。」
と書いて浅見絅斎の考えを説明してくれています。

 赤穂市発行「忠臣蔵」では、 浅見絅斎の「赤穂四十六士論」について、
 「浅野内匠頭の仇は吉良上野介であると主張し、四十六士の行為は幕府法に背くが、それしないことには武士の道がたたないからしたことであり、喧嘩両成敗の法に照らして忠義の行動と断言するのである。浅見の論は江戸時代に幕府法と喧嘩両成敗の慣習法が対立する要素を持ちながら併存し、機能していた社会の実態を踏まえて論じたものということができる。」
と評価しています。

 室鳩巣の「赤穂義人録」は四十七士が、生を捨てて義を取り、君臣の義を重んじたことに感動して筆を執ったもので、史実の正確な記録を目標として書いた物です。
 赤穂市発行の「忠臣蔵」には
 「「赤穂義人録」は林信篤の「復讐論」と並んで赤穂諸士を義人とした著作の最初のものであり、義か不義かの論争の出発点としての位置を占める。」
 と書いてあります。
by wheatbaku | 2013-10-22 10:00 | 忠臣蔵

江戸や江戸検定について気ままに綴るブログ    (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」)
by 夢見る獏(バク)
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
以前の記事
2024年 03月
2024年 02月
2024年 01月
2023年 12月
2023年 11月
2023年 10月
2023年 09月
2023年 08月
2023年 07月
2023年 06月
2023年 05月
2023年 04月
2023年 03月
2023年 02月
2023年 01月
2022年 12月
2022年 11月
2022年 10月
2022年 09月
2022年 08月
2022年 07月
2022年 06月
2022年 05月
2022年 04月
2022年 03月
2022年 02月
2022年 01月
2021年 12月
2021年 11月
2021年 10月
2021年 09月
2021年 08月
2021年 07月
2021年 06月
2021年 05月
2021年 04月
2021年 03月
2021年 02月
2021年 01月
2020年 12月
2020年 11月
2020年 10月
2020年 09月
2020年 08月
2020年 07月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 04月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
ブログパーツ
ブログジャンル
歴史
日々の出来事