その時に、新富町にある足袋の老舗大野屋総本店さんにお邪魔しましたので、今日は大野屋総本店さんのご紹介です。
大野屋総本店さんは、新富橋交差点の角にあります。
まず気が付いたのは、その木造建築です。新富町は、古い下町ですが、最近は、大正・昭和初期の建築物は、ほとんどみかけません。そうした中で、古い木造の店舗が目に留まりました。
そこで、突然ですが、お店にお邪魔して、7代目御主人の福島茂雄様にいろいろ教えていただきました。
大野屋総本店さんは、江戸時代後期の安永年間に初代の福島美代吉が三田に装束仕立屋を創業しました。
そして、幕末の嘉永2年(1849)現在の新富町に移転しました。
明治5年にこの土地に新富座が、また明治22年には木挽町に歌舞伎町座が出来きて、大変商売が繁盛したようです。
大野屋総本店は約230年以上営業を続けて、足袋を中心に装束を作ってきた老舗です。
店内には、桑の木を使用した展示ケースの中に足袋が展示されていました。
展示ケースには、鹿皮の足袋、コハゼのない足袋など、足袋の歴史もわかるように展示されています。コハゼが考案される前は、ヒモで足もとを縛っていたそうです。ケースの中には、市川海老蔵さんの足袋も展示されていました。
大野屋総本店さんの足袋が、現在も歌舞伎役者に愛用されていることを表す証だと思います。
足袋は、お店の2階で手作りで製作しているそうです。
建物は、関東大震災の後、大正末期に、ご主人のお祖父さんが建てた物だそうです。
築80年を超える建物で、現在、中央区の文化財に登録する手続きが行われているそうですので、近い将来には文化財となることでしょう。
突然お邪魔したにも拘らず、ご主人は親切にお教えいただきました。
御主人は大学を卒業した後、3年間ほど会社勤めをした後、家業を継がれたそうです。お写真のお願いをしたら快く撮らさせてくださいました。
ご主人の後ろに暖簾がかかっていますが、その暖簾には「舞えば足もと、語れば目もと、足袋は大野屋新富形」と染められています。
ご主人のお祖父様が「新富形」という足袋を考案した際のキャッチフレーズだそうです。
お話をを伺い、店内の説明をしていただいた後、年配のご婦人が来店されたのを潮に失礼させていただきました。
ご主人さま、本当にありがとうございました。
御礼申し上げます。
赤印が「大野屋総本店」さんです。

