雛祭りは、「上巳の節句」「桃の節句」などの呼び名もあり、五節句の一つです。
五節句とは、「人日」「上巳」「端午」「七夕」「重陽」の五つの節句をいいます。
上巳とは、本来、3月最初の巳(み)の日を言いましたが、後に3月3日に固定されました。
この日に「上巳の祓い」といって、お祓いをし、諸々の厄を人形(ひとがた)に託して川に流しました。これと平安時代から行われていた雛遊びが一緒になって雛祭りになったと考えられています。
江戸時代前期の慶長の頃までは、雛は厄を払うための紙人形でしたが、美しい雛人形を飾るようになったのは、江戸時代の寛永の頃と言われています。
雛祭りには、艾(よもぎ)餅を食べ、桃花酒や白酒が飲まれます。
桃花酒(とうかしゅ)とは、桃の花を刻んで清酒に浮かべたものです。
一般的には白酒が飲まれました。
「守貞謾稿」は、白酒について次のように書いています。
三都(江戸・京都・大坂)ともに、白酒を供す。常にこれを売らざる酒店にも、この時のみこれを売る。特に江戸、鎌倉河岸町豊島屋と云う酒屋のは、荒くして辛味なれども、精製なれば、買い人山のごとく、表一面に丸太材をもって矢来を構え売る。容易に買い得ること難く、空手にて帰るものはなはだ多し。
この守貞謾稿に出てくる豊島屋を訪ねて白酒を買ってきました。
豊島屋は、現在は、神田猿楽町にあり、山の上ホテル西側の金華公園の目の前にあります。豊島屋の建物は6階建てのビル(右写真)で、その一階に店舗があります。
豊島屋は慶長元年(1596)創業の酒屋です。
創業当時は、鎌倉河岸(現在の神田橋付近)にありました。
初代豊島屋十右衛門が鎌倉河岸で、酒屋兼一杯飲み屋を始めたのが豊島屋のはじまりだそうです。
当時の鎌倉河岸は、江戸城大改修の資材の陸揚げがされる場所で、多くの人々が集まっていました。
鎌倉方面からの資材を荷揚げする河岸であるところから鎌倉河岸と名付けられたと言います。
豊島屋の繁盛ぶりは「江戸名所図会」にも描かれていて、次のようにコメントされています。
鎌倉町豊島屋酒店、白酒を商ふ図
例年の二月の末、鎌倉町豊島屋の酒店において雛祭の白酒を商ふ。これを求めんとて遠近の輩、黎明より肆前(しぜん)に市をなして賑はへり

初代十右衛門は白酒の醸造を始めたとも言われています。
これは、十右衛門の夢の中に、内裏雛様が現れ、そのお雛様が白酒の造り方を教えてくれたと言い伝えられているそうです。
江戸時代には、白酒は諸白をベースにして製造され、「山川酒」「山川白酒」とも呼ばれました。
山間の川水は泡立って白く見え白酒に似ていることからその名がついたと言います。現在、販売されている白酒は、みりんに、もち米と米麹を混ぜて仕込み、約2ヶ月間熟成させた後に石臼ですりつぶして作られます。
アルコール度は7%で、甘みが強く、酒税法上ではリキュールに該当しているそうです。
飲んでみると、甘酒と間違えるほど非常に甘味があります。
しかし、甘酒はアルコール1パーセント未満とされていて、飲んでみると、かなりアルコールが含まれているのがわかりますので、確かに御酒です。
しかし、あまりにも甘いので驚きました。守貞謾稿には「辛味」と書かれていますが、「辛味」なんてとんでもありません。
砂糖はまったく使用していないとのことであり、米が糖化して甘くなっているのです。
豊島屋の白酒は、今も季節限定で、雛祭りに合わせて2月初めから3月3日までしか販売していません。右写真の右下隅に明記されていますよね。
今日は3月3日ですので、今日でおしまいということになってしまいます。
もっと早く紹介したほうがよかったですね。
箱の左上にあるマークですが「カネジュウ」と呼ばれていて、曲尺と初代の名前十右衛門からできています。
豊島屋は、現在、東京都東村山市に酒蔵があり、清酒、みりん等を醸造しています。
清酒「金婚」は全国清酒鑑評会でも多くの金賞を受賞していて、明治神宮、神田明神、日枝神社に御神酒としてお納めしているそうです。
日枝神社に初詣に行った際に、御神酒をいただきましたが、豊島屋が製造していたものなんですね。
また、味醂は、「天上」という銘柄で販売されています。
これが、白酒の原料になっているんでしょうね。


赤印が豊島屋です。最寄駅、JR「御茶ノ水」駅、東京メトロ「新御茶ノ水駅」「神保町駅」

