人気ブログランキング | 話題のタグを見る
「江戸の食文化」第五回模試正解
 今日は、第5回の食文化の模擬試験問題の正解をアップします。

 今回の出題は大久保洋子先生著「江戸のファーストフード」からでした。
「江戸の食文化」第五回模試正解_c0187004_10174159.jpg その中でも、今回は、「江戸のファーストフード」のタイトルどおり、「てんぷら」「そば」「すし」「かばやき」に限った出題としました。
 「江戸のファーストフード」に書かれていることは平易なことが書かれているのでが、竹翁さんとひまつぶしさんのコメントを読むと問題は予想外に難しかったようです。
 少し問題をひねりすぎたかもしれませんね。

 「てんぷら」「そば」「すし」「かばやき」は、絶対抑えておかないといけない項目だと思います。
 江戸検の参考図書「江戸の食文化」では4ページしか触れられていませんが、これに油断することなく、よく勉強されたほうがよいと思います。


1、 ①北尾政美  

 この問題は、食文化というより、江戸の文化の問題でした。
 鍬形恵斎(くわがたけいさい)」は、「近世職人尽絵詞」のほか「江戸一目図屏風」などでも有名です。
 鍬形恵斎は、最初、浮世絵師北尾重政に入門して、北尾政美(まさよし)と名乗っていましたが、寛政6年、津山藩にでにん出仕したのち画号を鍬形恵斎となのるようになりました。
 兄弟弟子として、北尾政演(まさのぶ)と窪俊満がいて、北尾三羽烏と呼ばれていました。
 北尾政演(まさのぶ)は、山東京伝が浮世絵師としてなのっていた名前です。

 参照56ページ

2、 ③喜多村筠庭「嬉遊笑覧」  

 「天麩羅」という漢字をあてたのは山東京伝という説、その経緯、その話がのっている鈴木牧之「北越雪譜」・山東京山「蜘蛛の糸巻」・喜田川守貞「守貞謾稿」という書名は、「江戸の食文化」受験の必須事項です。 必ず覚えておきましょう。
 喜多村筠庭(いんてい)の「嬉遊笑覧(きゆうしょうらん)」は、江戸時代の風俗・習慣などに関する事柄を分類し考証を加えたものです。江戸検一級を受ける方には必須項目ですが、「天麩羅」の漢字の由来については書いてありません。

 参照25ページ

3、 ②紅花油  

「江戸の食文化」第五回模試正解_c0187004_10181073.jpg 江戸時代、主に利用されていた油は、「江戸のファーストフード」に載っているように、胡麻油、菜種油、荏胡麻油、榧油でした。さらに付け加えて椿油でした。
 荏胡麻が最も古くから利用されていたようで、主に灯明用として利用されていました。
 紅花油は、サフラワーオイルとも呼ばれて、現代ではポピュラーとなってきていますが、紅花が油として利用されるようになったのは戦後のことで、江戸時代は、紅花はもっぱら染料として利用されていました。

 参照28ページ

4、 ②長良川の鮎寿司 

 各藩から将軍家に献上された寿司の多くは、「鮒ずし」だったようですが、それ以外では、長良川の鮎寿司が有名です。
 鮎寿司を運んだ岐阜から熱田までの道は、「鮎鮨街道」または「御鮨街道」ともよばれ、現代も「美しい日本の歩きたくなるみち500選」に選定されています。
 なお、この鮎寿司を献上したのは尾張藩のようです。
 
 参照35ページ

5、 ①鮭のこけら寿司 

 正解は 鮭のこけら寿司ですが、「こけら」とは、杉・檜などを薄くはいだ板をいいます。こけら寿司とは、薄く切った魚が「こけら」に似ていることに由来します。
 なお、「こけら」には、材木を削った時に出る削り屑という意味もあります。
 「こけら落し」というのは、新築や改築工事の最後に、屋根などの「こけら」を払い落としたことに由来する言葉で、新たに建てられた劇場で初めて行われる催しのことをいいます。

 なお、「料理物語」は寛永20年(1643)に刊行された初の本格的料理書で、「江戸の食文化」では必須語句ですので、この書名が出てきたら前後をよく注意して読んでおいてください。

 参照40ページ

6、 ④貝柱をのせたもの

「江戸の食文化」第五回模試正解_c0187004_10182796.jpg 「花巻そば」「しっぽくそば」「あられそば」など、伝統的なそばの種類は案外どんなそばか知らないのではないでしょうか?
 私は、「花巻そば」「しっぽくそば」「あられそば」が、江戸検受験前までは。どんなそばが知りませんでした。
 そこで問題としましたが、「あられそば」は、解答のように貝柱をのせたものです。
 「花巻そば」とは浅草のりをかけたもの、「しっぽくそば」とは、玉子焼き・蒲鉾・椎茸・鶏肉など卓袱料理の材料をのせたものです。
 それでは、おかめそばとはどんなそばでしょうか?ご存知でない方は、今度蕎麦屋に行く機会がありましたら確かめてみてください。

 参照52ページ

7、 ②32文

 これは、参照ページを確認してください。
 てんぷらそばは、通常のそばの2倍したということになります。

 参照52ページ

8、 ④卵を利用する

 和食の麺と言えば、うどんとそばですね。うどんの材料となる小麦粉は、グルテンというたんぱく質がふくまれているため、めんに加工し易いのですが、そば粉にはグルテンが含まれていません。そば粉が100%の「生蕎麦」を作るのが難しいとされているのは、そのためです。
 そこで、麺にしやすくするため、「つなぎ」をいれます。
 「つなぎ」としては、卵、ヤマイモ、豆乳、ふのり(海草)など、いろいろなものが利用されるそうです。
 「料理物語」には、選択肢の①飯の取り湯でこねる②豆腐をすって水を加えたものを利用する③ぬるま湯を利用するが書かれていますが、卵や山芋、さらには最もポピュラーな小麦粉を使うという方法は書かれていません。
 

 参照46ページ

9、 ③医者  

 にぎり寿司の発案者が松本善甫であるという説は、私も「江戸のファーストフード」で初めて知りました。
 松本善甫は、幕府の奥医師でした。どうして医者がにぎり寿司を発案したのかとう経緯は書いてないのでわかりません。
 松本善甫は、幕末の有名な医者松本良順のお祖父さんにあたります。
 なお、松本良順は、松本家に養子になりましたので、義理のお祖父さんです。
 

 参照36ページ

10、 ③名古屋   

 いなり寿司について守貞謾稿には
「江戸の食文化」第五回模試正解_c0187004_10184220.jpg 「天保末年、江戸にて油揚げ豆腐の一方をさきて袋形にし、木茸、干瓢を刻み交へたる飯を納て鮨として売り巡る。日夜これを売れども夜を専らとし、行燈(あんどん)に華表(とりい)を画き、号して稲荷鮨、あるいは篠田鮨という。ともに狐に因ある名にて、野干(狐の異称)は油揚を好むもの故に名とす。最も賤価鮨なり。尾の名古屋等、従来これあり。江戸も天保前より店売りにはこれあるか。けだし両国等の田舎人のみを専らとす鮨店に従来よりこれあるかなり」(岩波新書「近世風俗史(1)」296ページ) と書かれています。
 従って、江戸より以前に名古屋にあったようです。
 なお、豊川稲荷のある豊川市もいなり寿司の発祥地とする説もあるようですが、ここでは「江戸のファーストフード」の記述に従って、名古屋を発祥地としておきます。

 参照82ページ
by wheatbaku | 2014-05-19 10:13 | 江戸の食文化

江戸や江戸検定について気ままに綴るブログ    (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」)
by 夢見る獏(バク)
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
以前の記事
2025年 07月
2025年 06月
2025年 05月
2025年 04月
2024年 12月
2024年 11月
2024年 10月
2024年 09月
2024年 07月
2024年 06月
2024年 05月
2024年 04月
2024年 03月
2024年 02月
2024年 01月
2023年 12月
2023年 11月
2023年 10月
2023年 09月
2023年 08月
2023年 07月
2023年 06月
2023年 05月
2023年 04月
2023年 03月
2023年 02月
2023年 01月
2022年 12月
2022年 11月
2022年 10月
2022年 09月
2022年 08月
2022年 07月
2022年 06月
2022年 05月
2022年 04月
2022年 03月
2022年 02月
2022年 01月
2021年 12月
2021年 11月
2021年 10月
2021年 09月
2021年 08月
2021年 07月
2021年 06月
2021年 05月
2021年 04月
2021年 03月
2021年 02月
2021年 01月
2020年 12月
2020年 11月
2020年 10月
2020年 09月
2020年 08月
2020年 07月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 04月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
ブログパーツ
ブログジャンル
歴史
日々の出来事