今回の出題は大久保洋子先生著「江戸のファーストフード」からでした。
その中でも、今回は、「江戸のファーストフード」のタイトルどおり、「てんぷら」「そば」「すし」「かばやき」に限った出題としました。「江戸のファーストフード」に書かれていることは平易なことが書かれているのでが、竹翁さんとひまつぶしさんのコメントを読むと問題は予想外に難しかったようです。
少し問題をひねりすぎたかもしれませんね。
「てんぷら」「そば」「すし」「かばやき」は、絶対抑えておかないといけない項目だと思います。
江戸検の参考図書「江戸の食文化」では4ページしか触れられていませんが、これに油断することなく、よく勉強されたほうがよいと思います。
1、 ①北尾政美
この問題は、食文化というより、江戸の文化の問題でした。
鍬形恵斎(くわがたけいさい)」は、「近世職人尽絵詞」のほか「江戸一目図屏風」などでも有名です。
鍬形恵斎は、最初、浮世絵師北尾重政に入門して、北尾政美(まさよし)と名乗っていましたが、寛政6年、津山藩にでにん出仕したのち画号を鍬形恵斎となのるようになりました。
兄弟弟子として、北尾政演(まさのぶ)と窪俊満がいて、北尾三羽烏と呼ばれていました。
北尾政演(まさのぶ)は、山東京伝が浮世絵師としてなのっていた名前です。
参照56ページ
2、 ③喜多村筠庭「嬉遊笑覧」
「天麩羅」という漢字をあてたのは山東京伝という説、その経緯、その話がのっている鈴木牧之「北越雪譜」・山東京山「蜘蛛の糸巻」・喜田川守貞「守貞謾稿」という書名は、「江戸の食文化」受験の必須事項です。 必ず覚えておきましょう。
喜多村筠庭(いんてい)の「嬉遊笑覧(きゆうしょうらん)」は、江戸時代の風俗・習慣などに関する事柄を分類し考証を加えたものです。江戸検一級を受ける方には必須項目ですが、「天麩羅」の漢字の由来については書いてありません。
参照25ページ
3、 ②紅花油
江戸時代、主に利用されていた油は、「江戸のファーストフード」に載っているように、胡麻油、菜種油、荏胡麻油、榧油でした。さらに付け加えて椿油でした。荏胡麻が最も古くから利用されていたようで、主に灯明用として利用されていました。
紅花油は、サフラワーオイルとも呼ばれて、現代ではポピュラーとなってきていますが、紅花が油として利用されるようになったのは戦後のことで、江戸時代は、紅花はもっぱら染料として利用されていました。
参照28ページ
4、 ②長良川の鮎寿司
各藩から将軍家に献上された寿司の多くは、「鮒ずし」だったようですが、それ以外では、長良川の鮎寿司が有名です。
鮎寿司を運んだ岐阜から熱田までの道は、「鮎鮨街道」または「御鮨街道」ともよばれ、現代も「美しい日本の歩きたくなるみち500選」に選定されています。
なお、この鮎寿司を献上したのは尾張藩のようです。
参照35ページ
5、 ①鮭のこけら寿司
正解は 鮭のこけら寿司ですが、「こけら」とは、杉・檜などを薄くはいだ板をいいます。こけら寿司とは、薄く切った魚が「こけら」に似ていることに由来します。
なお、「こけら」には、材木を削った時に出る削り屑という意味もあります。
「こけら落し」というのは、新築や改築工事の最後に、屋根などの「こけら」を払い落としたことに由来する言葉で、新たに建てられた劇場で初めて行われる催しのことをいいます。
なお、「料理物語」は寛永20年(1643)に刊行された初の本格的料理書で、「江戸の食文化」では必須語句ですので、この書名が出てきたら前後をよく注意して読んでおいてください。
参照40ページ
6、 ④貝柱をのせたもの
「花巻そば」「しっぽくそば」「あられそば」など、伝統的なそばの種類は案外どんなそばか知らないのではないでしょうか?私は、「花巻そば」「しっぽくそば」「あられそば」が、江戸検受験前までは。どんなそばが知りませんでした。
そこで問題としましたが、「あられそば」は、解答のように貝柱をのせたものです。
「花巻そば」とは浅草のりをかけたもの、「しっぽくそば」とは、玉子焼き・蒲鉾・椎茸・鶏肉など卓袱料理の材料をのせたものです。
それでは、おかめそばとはどんなそばでしょうか?ご存知でない方は、今度蕎麦屋に行く機会がありましたら確かめてみてください。
参照52ページ
7、 ②32文
これは、参照ページを確認してください。
てんぷらそばは、通常のそばの2倍したということになります。
参照52ページ
8、 ④卵を利用する
和食の麺と言えば、うどんとそばですね。うどんの材料となる小麦粉は、グルテンというたんぱく質がふくまれているため、めんに加工し易いのですが、そば粉にはグルテンが含まれていません。そば粉が100%の「生蕎麦」を作るのが難しいとされているのは、そのためです。
そこで、麺にしやすくするため、「つなぎ」をいれます。
「つなぎ」としては、卵、ヤマイモ、豆乳、ふのり(海草)など、いろいろなものが利用されるそうです。
「料理物語」には、選択肢の①飯の取り湯でこねる②豆腐をすって水を加えたものを利用する③ぬるま湯を利用するが書かれていますが、卵や山芋、さらには最もポピュラーな小麦粉を使うという方法は書かれていません。
参照46ページ
9、 ③医者
にぎり寿司の発案者が松本善甫であるという説は、私も「江戸のファーストフード」で初めて知りました。
松本善甫は、幕府の奥医師でした。どうして医者がにぎり寿司を発案したのかとう経緯は書いてないのでわかりません。
松本善甫は、幕末の有名な医者松本良順のお祖父さんにあたります。
なお、松本良順は、松本家に養子になりましたので、義理のお祖父さんです。
参照36ページ
10、 ③名古屋
いなり寿司について守貞謾稿には
「天保末年、江戸にて油揚げ豆腐の一方をさきて袋形にし、木茸、干瓢を刻み交へたる飯を納て鮨として売り巡る。日夜これを売れども夜を専らとし、行燈(あんどん)に華表(とりい)を画き、号して稲荷鮨、あるいは篠田鮨という。ともに狐に因ある名にて、野干(狐の異称)は油揚を好むもの故に名とす。最も賤価鮨なり。尾の名古屋等、従来これあり。江戸も天保前より店売りにはこれあるか。けだし両国等の田舎人のみを専らとす鮨店に従来よりこれあるかなり」(岩波新書「近世風俗史(1)」296ページ) と書かれています。従って、江戸より以前に名古屋にあったようです。
なお、豊川稲荷のある豊川市もいなり寿司の発祥地とする説もあるようですが、ここでは「江戸のファーストフード」の記述に従って、名古屋を発祥地としておきます。
参照82ページ

