先日の食文化第5回模擬試験でも、油に関する問題を出題しましたので、それをフォローする意味もあります。
江戸時代に主に利用されていた油は、次の5種類と言われています。①荏胡麻(えごま)油 ②胡麻油 ③菜種油 ④榧(かや)の実油 ⑤椿油
これらについて書いていこうと思いますが、今日は、荏胡麻油について書いていきます。
荏胡麻油は、荏胡麻から採ります。
荏胡麻は、シソ科の一年草です。原産地は東南アジアですが、日本国内の縄文時代の遺跡から荏胡麻が出土しているので、縄文時代から栽培されていたと考えられています。
荏胡麻は、東北地方では「じゅうねん」とも呼ばれますが、これは、荏胡麻を食べると10年長生きすると信じられていることによります。
荏胡麻は、胡麻と同じように炒ってからすりつぶし、薬味としたり、味噌を入れてよく混ぜた「荏胡麻味噌」などとして食用にされました。福島県では、「じゅうねん味噌」と呼ばれる郷土料理があるようです。
荏胡麻の種子は35~40%の油を含んでおり、これを搾りとったのが荏胡麻油です。
荏胡麻油は、荏油(えのゆ)とも呼ばれます。また、荏胡麻はシソ科の植物であるため、荏胡麻油のことを「シソ油」と呼ぶこともあります。
菜種油が普及するまでは日本で油と言えば荏胡麻油でした。
荏胡麻油は、荏胡麻の種子を押しつぶして油を採っていたため労力と時間がかかり貴重品で高価でした。
そこで、灯明に主に用いられました。
当初は、神社仏閣用の燈明用油として利用されていましたが、その後一般の家々でも灯り用に使用されるようになり日本全国に広まってゆきました
京都の大山崎にある離宮八幡宮によると、平安時代の貞観年間、離宮八幡宮の神官が神示を受けて「長木」という搾油器を発明し荏胡麻油の製油を始めたと言います。
「長木」というのは、いってみれば「テコ」で、これにより種子を押しつぶして油を採りだしていました。
この方法により搾油した油が全国の神社仏閣に奉納され、この業も全国に広まったため、離宮八幡宮は朝廷より「油祖」の名を賜ったそうです。そのため、境内には右写真のように「本邦製油発祥地」の碑がたっているようです。
また、油座が作られ、離宮八幡宮は油の専売特許を持っていたため、諸国の油商人は離宮八幡宮の許状無しには油を扱うことはできませんでした。
下剋上で有名な戦国大名の斉藤道三は、油商人から身を立てたと言われていますが、この斉藤道三が売っていたのが荏胡麻油だそうです。
当時は、食用に売っていたわけではなく、主に灯明用に売られていたと言います。
また、荏胡麻油は、さらさらした状態ではなく、すぐに固まる性質をもっています。そこで、その性質を利用して、荏胡麻油は油紙や雨傘等にも用いられてきました。
荏胡麻油は、菜種油の普及により、すっかり忘れられていました。
しかし、最近は、荏胡麻には豊富にα-リノレン酸が含まれていることが分かり、近年の健康ブームなども手伝って、再び注目されているようです。

