今回は、浜離宮と芝離宮だけの案内ですが、浜離宮は見どころが多く、すべてをご案内できませんでしたが、主な見どころを案内した後、芝離宮を案内しました。

昨日は、少々暑かったですが雲のない快晴で、庭園の緑を越えて吹いてくる風が心地よく感じられる中での散策でした。
天候にも恵まれ、参加者の方も、いつもごとく熱心な方ばかりで、楽しく案内ができました。
浜離宮・芝離宮とも回数多く訪ねた方はあまりいなかったので、新しい発見ができたと喜んでいただきました。
ご参加いただいた皆様大変お世話になりありがとうございました。
それでは、当日の主な場所でのスナップをご紹介します。
浜離宮には、入口近くに、立派な松があります。そこで、家宣が宝永6年(1709)に植えたとされる三百年の松をご案内しました。
三百年の松は、右上写真です。
浜離宮は、現在では庭園というイメージが強いのですが、江戸時代には、庭園以外に、様々な機能を持っていて、松平定信が建てさせた大きな籾蔵が建っていました。
松平定信は諸大名に対して、寛政元(1789)年に飢饉に備えて米穀の備蓄を命じました。これを「囲い米」と言います。そして、諸大名に命じるだけでなく、幕府も寛政元年と同7年に浜御殿内の内堀広場周辺に、各年それぞれ2棟、合計4棟の籾蔵を建てました。
こちらの説明板をみる参加者です。
将軍お上がり場は、将軍が船で来てここからあがりました。家斉は、隅田川で遊覧した後に浜離宮に寄ったり、直接、江戸城からここに船で来りしたようです。
13代将軍家定までは、ここは遊びのための楽しい上陸地点でしたが、14代将軍家茂と15代将軍慶喜にとっては悲しみの上陸地点でもありました。家茂は、長州征伐の最中大阪城で死亡しますが、亡骸は幕府軍艦長鯨丸により海路品川まで運ばれ小舟(大茶船)に移されここから上陸しました。
慶喜は、鳥羽伏見の戦いで敗れ、大阪城から、会津藩主松平容保、老中板倉勝静らごく少数の人たちと軍艦開陽丸で逃げ帰って慶応4年1月12日8時30分過ぎに上陸したのがここです。
お上がり場の説明の最中には、水路を船が航行していきました。右写真は、お上がり場と船を見る参加者の皆さんです。
現在、鴨場の施設が見られるのは全国で5箇所しかないとのことですが、東京では浜離宮恩賜庭園のみです。
浜離宮には、 新銭座鴨場と庚申堂鴨場という二つの鴨場があります。庚申堂鴨場は、10代将軍家治が作ったもので、安永7年(1778)に作られました。
11代将軍家斉は、鷹狩が大好きでしたので、ここを大いに活用しました。
説明板には、こうした歴史のほか、鴨場での鴨猟の方法も説明されていて、参加者の皆さんも興味深くみていました。
中島の御茶屋は、浜離宮の中心施設で、ここで歴代将軍とお客様が景色や食事を楽しみました。中島の茶屋は、宝永4(1707)年に、家宣によって建てられました。
その後、2回焼失し、現在の建物は、昭和58年に、日本宝くじ協会の支援を受けて復元されたものです。
ここでは、抹茶セットをいただいて休憩する予定でしたが、昨日は30分以上時間がかかるとのことで、抹茶セットはあきらめ、休憩のみとしました。
写真は、露台で、談笑する参加者の皆さんです。
浜離宮の案内の後は、芝離宮に向かいました。芝離宮までは10分強歩きます。
芝離宮は、浜離宮に比べるとだいぶ小さいので、一時間弱で、ご案内できました。
芝離宮は、貞享3年(1686年)、大久保忠朝が、上屋敷内に庭園を造り、楽寿園と名付けたのが始まりです。その後、所有者が数人変わり、幕末には、紀州徳川家の別邸となりました。明治になると、有栖川宮熾仁親王邸となったあと、離宮になり、大正13年(1924年)、昭和天皇の御成婚を記念し、東京市(現東京都)に下賜されたものです、
大山は、芝離宮で最も高い場所で、ここに上ると庭園全体が眺望できます。
ここでは、参加者の皆さんはカメラのシャッターを切っていました。
芝離宮の見どころとして、西湖の堤があります。西湖は、中国の杭州にある湖で、そこには、中国の詩人で政治家でもある蘇東坡(そとうば)が築いた堤防があり、西湖の堤または蘇堤と呼ばれます。
芝離宮の西湖の堤は、風光明媚な西湖の堤を模した石造りの堤です。
西湖の堤は昔から、詩歌や絵画の題材として珍重されました。そのため、小石川後楽園にも同じような西湖の堤があります。
写真中央を斜めに横切っている堤が西湖の堤です。
散歩の後は、恒例の飲み会です。
「飲み会というと飲みすぎるから、これからは反省会と呼ぶようにしよう」というジョークが出るほど、参加者の皆さんは大いに飲まれました(ただし、男性の皆さんです)。
飲むだけでなく会話も大いに盛り上がり、気が付くと2時間30分経っていました。
そこで、「それでは、最後に、皆さん、ハイ、チーズ」
ご参加された皆さん、楽しい散歩と飲み会ありがとうございました。


