てんぷらの話のとっかかりは、徳川家康とてんぷらの話です。
徳川家康は鯛のてんぷらによって亡くなったと一般的に言われています。
この話は、結構広く信じられています。しかし、実際は胃ガンではなかったかという話が、 新潮新書「徳川将軍家十五代のカルテ」 - 篠田達明 【楽天ブックス】の中で詳しく書かれています。
【家康、鷹狩りの後に発病】 元和2年(1616)1月21日の朝、家康は駿府城をたって、郊外の田中へ鷹狩りに行きました。
鷹狩りが終わった家康は、夕食に「鯛の天ぷら」を食べました。
茶屋四郎次郎が来た際に「いま都では鯛をゴマ油で揚げてネギをすってかける天ぷらが流行していて非常においしい」と話していました。
駿河湾では、この時期に、極上の黒鯛が釣れます。そこで、このところ食欲のなかった家康は鯛の天ぷらを食べました。
そして、すぐに寝付きましたが、丑の刻(午前2時ごろ)に急に腹痛をおこします。
3日間、田中で静養した後に1月24日に駿府に帰りました。
2代将軍秀忠は、家康の病気の連絡を受けると、2月1日の辰の刻(午前8時ごろ)江戸城を立って昼夜兼行で駿府城に向かい翌2日申の刻(午後4時頃)駿府城に着きました。
3月下旬になると、家康が口にするのは湯漬けや粥などになりました。
4月2日、家康は側近を呼んで、遺骨は久能山に埋葬し、葬礼は増上寺で行い、位牌は三河の大樹寺におさめるよう死後の処置を指図しました。
そして、4月17日巳の刻(午前10時ごろ)に亡くなりました。 享年75歳でした。
【家康、本当は胃ガン】
家康は、鯛のてんぷらによる食中毒でなくなったと言われています。
しかし、家康の本当の死因は胃ガンだったのではないかと言われています。
家康は亡くなるしばらく前から食欲がなかったこと、侍医の触診により腹中にしこりがあったこと、家康が発病から3カ月もたってなくなったこと(食中毒で亡くなるのであれば数週間でなくなってしまうようです)。
こうしたことから、家康は以前から胃ガンを患っていたが、鯛の天ぷらがその引き金になったのではないかと推測されています。
てんぷらによる食中毒が原因ではなかったわけですね。

