その前にお礼を申し上げます。
10月に文京学院大学生涯学習センターさん主催で行われる 「江戸検1級合格者と巡る江戸散歩 大江戸老舗物語」 ですが、お陰様で、定員を超える方のお申し込みがあり、受付を終了させていただきました。
申し込み開始からわずかな期間で定員オーバーになるほどのお申込みをいただき感謝申し上げます。
当日は、ご期待にそえるよう一生懸命ガイドしたいと思っています。
さて、今日は、「江戸の食文化」(原田信男編)の中に、「年越しそば」が出ていました。
そこで、「年越しそば」について書きます。
「年越しそば」とは、いうまでもありませんが、大晦日に食べるそばのことです。
現在も、「年越しそば」を食べる風習が続いていますが、江戸時代にも「年越しそば」が食べられていました。
江戸時代には、毎月月末に蕎麦を食べる習慣があり、「晦日そば」と呼ばれていました。
これは、商家を中心に広まった風習のようで、
明和2年の句に 「傾城の三人よれば晦日そば」というのが古いほうだそうです。
そして12月末の「大晦日」に食べるのが「大晦日そば」です。
この「大晦日そば」が「年越しそば」につながったともいわれています。
しかし、「年越しそば」の由来には、前述のほか、多くの説があり、『蕎麦事典』(新島繁著)には、7つもの由来説が書かれています。
1、 鎌倉時代に博多の承天寺で年を越せない貧しい人に、そば餅を振る舞ったところ翌年から運が向いてきたことから、大晦日にそばを食べる風習がはじまった。
2、 室町時代に増淵民部という長者が、大晦日に無事息災を祝って「世の中にめでたいものは蕎麦の種花咲みのりみかどおさまる」と歌い、そばがきを食べたのが年越しそばの始まり。
3、 そば切りは長くのびるので、延命長寿や身代が長くのびるように願って年越しに蕎麦を食べた。
4、そば切りは切れやすいので、一年のいやなことはバッサリ切り捨てたいと願って蕎麦を食べた
5、金細工師が散らかった金粉を集めるのに、そば粉を使ったので、そばは金を集める縁起でと言って蕎麦を食べた。
6、「本朝食鑑」にも、そばは健康に良いと書かれていて、体内を清浄にして新年を迎えるため、年越しに蕎麦を食べた。
7、 ソバは、少々の風雨でも、すぐ起き上がるので、そのたくましさにあやかって、蕎麦を食べるようになった。
「年越しそば」の由来はいろいろあるものですね。