この中で、駒込富士神社と吉祥寺は、野菜のなすと縁がありますので、今日は、その話をしたいと思います。
江戸時代、駒込はなすの産地で、「駒込なす」は、江戸では有名な野菜でした。
新編武蔵風土記稿の上駒込村に、
茄子の土地によろしいので世にも駒込茄子と称す
と書かれています。
もちろん、江戸検の参考図書『江戸の食文化』にも載っています。
こうしたことから、駒込富士神社にJA東京が設置した説明板があります。
右写真がそれです。
なすは、インド原産と言われ、熱帯から温帯にかけて広く栽培されていました。
日本へは、中国から渡来し、すでに奈良時代には栽培されていました。
茄子は「奈須比(なすび)」ともよばれていました。
なすびの由来は、中渋実(なかしぶみ)とする説、夏実(なつみ)とする説、生実(なすみ)とする説、中酸実(なかすみ)など諸説がありますが、「たべもの語源辞典」では、夏とれる野菜つまり夏実(なつみ)からナスミとなりナスビとなったとしています。
茄子の産地として江戸では、駒込が有名でしたが、江戸以外では、駿河が有名だったようで、江戸時代後期の平戸藩々主松浦静山の書いた随筆「甲子夜話」には、駿河で栽培した茄子を将軍家に献上する話が載っているとのことです。
縁起の良い初夢としてあげられるもの『一富士、二鷹、三茄子』があります。
この三つがどうして縁起がよいのかについては諸説があるようです。
徳川家康の好物を挙げたという説や駿河にあるもので高いものを挙げたという説があります。
「甲子夜話」には、「神君駿城に御座ありし時、初茄子の値貴くして、数銭を以て買得ぬ故、其値高きをいはんとして、まず一に高きは富士なり。その次は足高山なり、其次は初茄子なりといひしことなり」と書かれていて、家康が駿河で高い順にあげたものだそうです。
ちなみにここで言われている足高山は、愛鷹山のことで、駿河では富士山に次いで高い山です。
そして、駒込に関係する由来説に、駒込の名物を挙げたものだという説があります。
「駒込に一富士、二鷹、三茄子」という川柳がありますが、一富士は駒込の富士神社を言い、二鷹は駒込に鷹匠屋敷があったことを差し、三番目が駒込なすのことを差します。
「一富士、二鷹、三茄子」の由来がどれが正しいからは別として、その由来説の一つに挙げられるほど「駒込なす」は有名だったと思われます。