その準備で大わらわの中で、 今日も、「六義園」について書いていきます。
尋芳径(はなとうこみち)
「千鳥橋」を過ぎると西側に入る小道があります。
この小道は「尋芳径(はなとうこみち)」と名付けられています。今日のご案内は、「尋芳径(はなとうこみち)」からです。
「尋芳径」と書いて「はなとうこみち」と呼びますが、ふり仮名がなければ読めない名前です。
「尋」は「尋ねれる」ですし「経」は「みち」と呼びますので意味が解るとは思いますが、「芳」を「はな」というのは難しいと思います。
この「芳」は、奈良吉野山を意味しているようです。
吉野山は桜の名所ですので、「芳」で「はな」と呼ばせたものと思います。
つまり、「尋芳径(はなとうこみち)」は、「花の香を尋ねて歩く道」という意味で、奈良の桜の名所、吉野山を尋ねる道に見立てられています。
この名前をつけたのも柳沢吉保と言われており、柳沢吉保の文学的素養の高さがわかる命名だと恐れ入りました。
六義園の風景は、池の周りを巡る「海の景」と、木立の間を行く「山の景』の2つに分けられます。この付近が風景が変わるポイントで、右手の尋芳径を進むと山の景、左手の千鳥橋の向こうは海の景となります。
泉水のそばを通り、海の景をたどっていくと「吹上の松」に出会います。
吹上の松
大泉水脇に生えている松の古木が「吹上の松」です。「吹上」という地名は全国にありますが、「六義園」の「吹上」は。紀州の「吹上の浜」にちなんでいます。
和歌山城の南側にある「吹上」は、かつて、西南の激しい風が白砂を吹き上げていたことからこの名が付いたといわれています。清少納言も「浜は吹上の浜」と名所の随一に挙げました。
その「吹上の浜」には、多くの松が植えられていたそうです。
それを模して、「吹上の松」が植えられています。
六義園が作られたときは、園内に多くのマツが植えられていたそうです。
現在は、そのほとんどは失われてしまいましたが、この「吹上松」だけは当時のものだそうです。
目の前の浜が、「吹上の浜」と呼ばれています。
吹上茶屋
左手の「吹上茶屋」は、「熱海ノ茶屋」として岩崎家によって建てられたものですが、戦災などで焼けた後に東京都によって再建され、現在は抹茶の店舗として活用されています。ここは、無料休憩所ですので一休みすることができますし、抹茶サービス(\500)も行っています。
美しい六義園を見ながらの一服のお茶は大変おいしいものです。
下の写真は、9月27日に開催した「六義園散歩」の際に「吹上茶屋」で出された抹茶とそれを飲みながら談笑する参加者の皆さんです。


