昨日は、三連休の初日で快晴で暖かく紅葉の綺麗な時期という絶好の行楽日和でした。
そのため、新宿御苑には大勢の行楽客でいっぱいでした。右写真は、入場者で込み合う新宿御苑新宿門です。
天候にも恵まれましたし、案内人という立場ではありまずが、もうすっかり気心の知れた皆さんとの史跡散歩ですので、楽しい一日を過ごすことができました。
ご参加いただいた皆さんありがとうございます。
昨日、案内した順路は、次の通りでした。
東京メトロ新宿御苑駅 ⇒ 太宗寺(江戸六地蔵、閻魔堂、不動堂、内藤家墓所)⇒ 新宿御苑(玉川上水・内藤新宿分水散歩道 ⇒ 新宿門入り口 ⇒ エコハウス ⇒ 旧御涼亭 ⇒ ユリノキ ⇒ フランス式庭園 ⇒ 玉藻池 ) ⇒ 四谷大木戸水番所跡 ⇒ 四谷大木戸跡 ⇒ 長善寺(笹寺)
最初に、ご案内したのは、太宗寺です。この太宗寺で目立つのは、入口の大きなお地蔵様です。
このお地蔵様は、江戸六地蔵の一つです。
江戸六地蔵は、江戸時代中期に地蔵坊正元が江戸に入る街道の入口に建立した六つのお地蔵様です。
大宗寺のお地蔵様は、甲州街道の入り口として、六地蔵の3番目として正徳2年(1712)に建立されました。
夏目漱石が、幼いころ、このお地蔵様に登って遊んだというエピソードもあるお地蔵様です。
新宿御苑は、江戸時代、高遠藩内藤家の下屋敷でした。 そこで、内藤家の墓所も案内しました。
太宗寺は、太宗寺は、太宗という僧が建てた草庵「太宗庵」がその前身で、慶長元年(1596)頃にさかのぼると伝えられています。寛永6年(1628)にこの内藤正勝が葬られた後、正徳4年(1714)7代内藤清枚(きよかず)が葬られて以後、高遠藩内藤家は、此処を歴代の墓所とし、当主のほか一族が葬られました。
昭和27年の区画整理事業の影響で現在は内藤家の墓所は3基にまとめられていますが、かつては約300坪、57基の墓碑があったそうです。
玉川上水は、新宿御苑の北側を流れていました。
そのため、新宿御苑の散策路に玉川上水をしのぶために小さな流れが作られていて、説明板も設置されています。玉川上水は、4代将軍家綱の時代の承応2年(1653)に作られました。
玉川上水は、羽村から四谷大木戸まで、開渠で流れてきています。
この間の距離が約43キロあり、上水記によれば、玉川上水の工事が開始されたのが承応2年(1653)4月4日、終了したのが11月15日と言われています。
承応2年は閏6月があったため、この間、8か月です。驚異的な速さで完成させたことになります。また、玉川上水は羽村から四谷までの43キロメートル、直線距離では約40キロですが、この間を、高低差のみで水を運ぶしくみ「自然流下式」により水が流れました。
しかし、羽村と四谷の高低差は、わずかに92メートルしかありません。
40キロで92mというとかなり落差があるように思いますが、1メートルでいうと2ミリということになります。ほば水平という感じになります。
これしか高低差がない土地でスムーズに水が流れる工事をすることもまたすごい技術力です。
こうした説明に参加者の皆さんも大変驚いていました。
説明板の脇の銀杏が見事に黄葉していました。
そこで、思わす写真を撮りました。
新宿御苑のエコハウスでは、江戸東京野菜を使用したみそ汁を味わうことができました。昨日の具材は、伝統小松菜、砂村一本葱、亀戸大根、馬込三寸人参でした。
内藤とうがらしの販売もしていました。
江戸野菜の味を、実際に味わうことができました。
新宿御苑のシンボルツリーは、イギリス式庭園の北側にあるユリノキです。新宿御苑のユリノキは、明治20~30年代に日本で初めて植えられたといわれています。
ユリノキというのは、この花がユリの花に似ていることが付けられたと言われています。
紅葉がみごとでしたし、枝についていた実がユリノハナの形をしているので、皆さん、ユリノキを熱心にみていました。
フランス式庭園では、秋バラが咲いていました。バラは春に咲くものが多いのですが、秋のも鮮やかに咲いていました。
背景となっているプラタナスもすっかり紅葉していました。
新宿区の四谷区民センターの一角に、玉川上水の由来を記した「水道碑記(すいどうのいしぶみのき)」があります。この碑は明治28年に建てられた大きな石碑です。
玉川上水は、四谷大木戸までは、開渠で、四谷大木戸から江戸へは、水道管を地下に埋設し通水しました。
従って、玉川上水の水は、四谷大木戸から先にも通水されますが、地上から見られる玉川上水は四谷が終点になります。
ここには、水番所が置かれ、水量調節やごみの除去をしていました。
最後は、笹寺にお邪魔し、「めのう観音」を拝見させていただきました。
笹寺は正しくは長善寺と言います。笹寺とも呼ばれていますが、この名は、二代将軍徳川秀忠が鷹狩の途中ここに立ち寄り、境内に笹が茂っているのを見てつけたものだとも(『江戸名所図会』など)、それは三代将軍徳川家光が江戸巡覧をした時のことだとも(寺伝)いわれています。長善寺の宝物となっているのが「めのう観音」です。この観音さまは、新宿の指定文化財で、秀忠の念持仏で、お江(崇源院)が寄贈したと伝えられています。
又、お江の念持仏であったとの説もあるようです。
めのう観音の写真も許されましたので写真を撮りました。
ガラス越しの撮影ですので、多少はっきりしない部分もありますが、見事さはおわかりいただけると思いますが、いかがでしょうか。
めのう観音を本堂にわざわざ出していただき拝観させていただいた笹寺さんに御礼申し上げます。
最後には、恒例の飲み会です。
5時からのみはじて、江戸の話しや歴史談話に盛り上がり、気が付けば3時間が過ぎていました。
そろそろ写真をいうことで、これも恒例となった飲み会最後の記念撮影です。
昨日、お散歩・飲み会に参加いただいたみなさんお疲れ様でした。
ありがとうございました。


