人気ブログランキング | 話題のタグを見る
「吉田松陰の恋」(古川薫著)
 今日も時代小説について書きましょう。
 今日は、古川薫氏著「吉田松陰の恋」です。
 これは、同名で文春文庫から出版されていますが、その中の短編ですので、短時間で読み切れます。

「吉田松陰の恋」(古川薫著)_c0187004_10341861.jpg 吉田松陰は、数多くの手紙や著述を残しますが、女性の影が見えないと言われています。
 司馬遼太郎氏は、「世に棲む日日」の中で「筆者はこの小説松陰のくだりを書きつづけ、女性の登場がきわめてすくないことに筆者自身ときにぼう然とする思いがある・・・・」
と書いています。

 こうした女性とのつきあいがほとんどなかった吉田松陰の交際関係の中で、唯一例外といえるのが、萩の野山獄で知り合った「高須久子」です。

 「吉田松陰の恋」は、この数少ない吉田松陰の恋愛を真正面から取り上げた小説で、高須久子が一人称で、松陰との出会いから別れまで語る内容となっています。
 高須久子は、野山獄に収監された罪人の中で唯一の女性でした。
 松陰より一回り上で、安政元年12月に松陰が入獄した時に37歳でした。
 長いこと収監されていた人々は生気がなくなっていきますが、松陰は、獄の中で勉強会や句会を開き、野山獄の淀んだ雰囲気を一変させます。
 そうした中で、高須久子は、次第に松陰に魅かれていきます。松陰も高須久子を慕うようになります。
 しかし、獄内であり、周りの人々の眼もあり、はっきりとその意思を表すことはできず、吉田松陰は、安政2年12月に野山獄を出獄することになります。
 出獄の前夜、囚人一同で送別の句会が開かれます。
 その際に、高須久子が送った句が次の句です。

  鴫(しぎ)たって あと淋しさの 夜明けかな

 実は、吉田松陰は、「松陰」という号のほか、「子義(しぎ)」という号を持っていました。
 これがわかると、この句の意味は明瞭です。
 「吉田松陰の恋」の中では、次のように高須久子に語らせています。

  鴫は、寅次郎様のもう一つの号が「子義」であることに思いつき、ひそかに准(なぞら)えたものです。

 3年後の安政5年12月、吉田松陰は、野山獄に再入獄します。
 そして、高須久子と再会します。
 しかし、二回目の野山獄での生活は、短いものでした。
 吉田松陰は、安政6年5月 江戸に送られることになりました。
 送られる前々夜、高須久子は手布巾(てふきん)を松陰に送ります。
 翌日、吉田松陰は、高須久子に歌を返します。
 「吉田松陰の恋」では、次のように描かれています。

 午すぎ、房の前を通りかかったというふりをして、「高須さん。これを・・」と、一枚の紙片を格子の間から、寅次郎様が差し出されました。「高須うしのせんべつとありて汗ふきをおくられければ」と前詞して、歌が書きとめてありました。
  箱根山 超すとき汗の出やせん 君を思ひて ぬぐい清めむ

 そして、いよいよ、吉田松陰が江戸に送られる日、高須久子は次の句をおくります。

 手のとはぬ雲に 樗(おうち)の 咲く日かな

「吉田松陰の恋」(古川薫著)_c0187004_10382590.jpg 「とはぬ」とは「届かない」という意味です。
 「樗(おうち)」は「せんだん」という木の古い名前です。
 「せんだん」は、「栴檀(せんだん)は双葉(ふたば)より芳( かんば)し」のことわざでよく知られています。
 右写真が、「せんだんの花」です。

 これに対して、吉田松陰が高須久子に渡した句が次の句です。

  一声を いかで忘れん ほととぎす

 これについての「吉田松陰の恋」の中では、高須久子は何も語っていません。

 しかし、北海道大学教授田中彰氏著の「松陰と女囚と明治維新」の中に、詳しく書かれています。ちょっと長くなりますが引用します。

「吉田松陰の恋」(古川薫著)_c0187004_8143780.jpg ここにいう「郭公(ほととぎす)」は松陰自身とみてよい。(中略)
 いま、永遠の別れとなるかもしれぬ別離の際の「汗ふき」に久子の心をみた松陰が、ほととぎすに己れを託し、「一声をいかで忘れん郭公(ほととぎす)」といいきったのは、いかにも鮮烈な愛の表出ではないか。獄中に苦悩する松陰と久子との間に、お互いに通ずるものがなかったならば、この一句があろうはずはない。
 久子にとって松陰は、所詮、手の届かぬ雲に映えてさく樗(おうち)であり、それだけ思いはつのったのであろうし、いま江戸送りを前にした松陰にとっての久子は、おのれの汗を女の心の「汗ふき」ににじませて、男としての愛の昇華をはかる以外に手立てのなかった存在だったのであろう。それだけに「一声をいかで忘れん郭公」はかつて久子が松陰に与えたあの「鴫たってあと淋しさの夜明けかな」の一句への万感の思いをこめた返句のように思えてならない。

 「花燃ゆ」では、高須久子は、井川遥が演じるようです。
 なお、「世に棲む日日」では、司馬遼太郎氏は、「一声をいかで忘れんほととぎす」を高須久子の句としています。







 
by wheatbaku | 2014-12-12 10:29 | 江戸に関する本

江戸や江戸検定について気ままに綴るブログ    (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」)
by 夢見る獏(バク)
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30
以前の記事
2025年 07月
2025年 06月
2025年 05月
2025年 04月
2024年 12月
2024年 11月
2024年 10月
2024年 09月
2024年 07月
2024年 06月
2024年 05月
2024年 04月
2024年 03月
2024年 02月
2024年 01月
2023年 12月
2023年 11月
2023年 10月
2023年 09月
2023年 08月
2023年 07月
2023年 06月
2023年 05月
2023年 04月
2023年 03月
2023年 02月
2023年 01月
2022年 12月
2022年 11月
2022年 10月
2022年 09月
2022年 08月
2022年 07月
2022年 06月
2022年 05月
2022年 04月
2022年 03月
2022年 02月
2022年 01月
2021年 12月
2021年 11月
2021年 10月
2021年 09月
2021年 08月
2021年 07月
2021年 06月
2021年 05月
2021年 04月
2021年 03月
2021年 02月
2021年 01月
2020年 12月
2020年 11月
2020年 10月
2020年 09月
2020年 08月
2020年 07月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 04月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
ブログパーツ
ブログジャンル
歴史
日々の出来事