江戸時代では、正月15日は上元といい小豆粥を食べる習わしがありました。
上元は三元の一つで、三元は、上元、中元、下元を言い、上元は1月15日、中元は7月15日、下元は10月15日です。
東都歳事記には、
上元御祝儀、貴賤今朝小豆粥を食す
とあります。
昨年の江戸検1級にも、小豆粥が問題として出されました。
覚えている方も多いと思いますが、次のような問題でした。
「七草は 源氏 平家は ( )」
この川柳は、1月7日に七草粥として白い粥を食べるのに対して、別の日には小豆粥を食べるのが慣例になっていたことをふまえたものです。( )に入る言葉はどれでしょう?
い)大晦日 ろ)十五日 は)十三夜 に)更衣(ころもがえ)
〔この問題について補足説明すると、源氏の旗印は「白旗」で平家の旗印は「赤旗」でした。 そのため、「源氏」は白の象徴、「平家」は赤の象徴として、使用されることがあります。「七草」では「白粥」を食べますので源氏とされています。その次の「平家」というのは「赤い粥」を意味しています。〕
この問題の正解は、ろ)十五日です。
つまり、江戸時代には、十五日に小豆粥が食べられていました。
そこで、昨日、我が家では小豆粥を作って食べました。小豆を煮て作るのが本来の作り方ですが、最近は便利なものがあります。
「ゆであずき」の缶詰が市販されているので、それを利用しました。
お粥を電気炊飯器で炊いて、炊き上がったところに「ゆであずき」をいれて五分ほど蒸らしたら出来上がりました。
右下写真が出来上がった小豆粥ですが、食べてみましたがなかなかの味でした。
本格的な小豆粥は、結構手間暇がかかりますが、「ゆであずき」の缶詰を利用し電機炊飯器を利用すると手軽にできました。
正月15日の小豆粥については、近世風俗志(守貞謾稿)には、正月十五日、十六日
俗に小正月と云ふ
元日と同じく、戸をとざす。また、三都ともに、今朝(十五日)赤小豆粥を食す。京阪は此のかゆにいささか塩を加ふ。江戸は、平日かゆを食せざる故に粥を好まざる者多く、今朝のかゆに専ら白砂糖をかけて食すなり。塩は加へず。また今日の粥を余し蓄へて、正月十八日に食す。俗に十八粥と云ふ。京坂には、このことこれなし。
と書かれています。
江戸では、粥を食べる習慣がなかったため、白砂糖をかけて食べ、塩を入れないのに対して、京坂では塩だけを入れて食べたようです。
小豆粥は、十五日に食べますが、陰暦十五日の月は満月で「望月」とも言います。
そこで、小豆粥は「望粥」という別名があります。
また、「もち」はもともとは「望」という字でしたが、「もち」は「餅」に通ずることから「餅粥」と考えている人もあるようで、小豆粥に餅をいれるレシピもあります。
そこで、小豆粥の中に、餅を入れるというのもごく普通に行われたようです。
昨日私が作った小豆粥にも餅をいれました。

