昨日・一昨日と真冬並みの寒さでまいりましたね。
暖かさの後での寒さなので身に応えました。
東京も埼玉もすっかり桜が散ってしまい、さらに最近の寒さで、桜の話題が遠くなりましたが、今日は桜の話題です。
なんとなく、江戸っ子たちの花見は皆さんも想像できると思います。
「長屋の花見」などという落語もありますね。
また、大奥の女中たちは、吹上のお庭で花見をしたのだろうということも想像つくと思います。
それでは、お大名のお姫様たちはどのように花見をしたのでしょうか?
やっぱり、東叡山に出かけたのでしょうか? 墨堤に出かけたのでしょうか?
実は、下屋敷に出かけたようです。
これは、「絵本江戸風俗往来」に書かれています。
「下邸の桜狩」というタイトルで次のように書かれています。
軽き下輩ほどこころのままに、今日は隅田、明日は飛鳥・御殿山と気随なるこそ幸いなり。しかるに王公貴人方は御身内の正しきより心のままにはかなうまじ。まして北の御方や姫君はなおさらに勤め正しき女中方、御墓参りの外は御出門自由ならぬも、春風の誘う花の盛りの頃、御上の御胸中を察し参らす老女局、此方彼方を取りなして、御下屋敷の御花見を御催促申し上げるより、御意もうえなき御喜び、御供の女中も日を待ち兼ねて趣向のお慰み、手馴れぬ女中の御料理、出来そこねしが却って御意を得、一日百年に当たれる御奥、また御帰途は町方を余所ながらの御見物。
私なりに要約すると次のようになります。
なかなか自由に外出できない奥方やお姫様の胸の内を老女が考え、あちこちに根回しして、花見をしましょうと申上げると、この上もない喜ばれよう。そしてお供の女中たちも花見の日をまちかねて、当日の趣向やお料理を準備します。手馴れてないためできそこないのものになりますが、それがかえってお姫様はお喜びになります。
まるで一日が百年にもあたるような楽しい一日で、お帰りの際は思いがけない町屋見物となります。
奥方やお姫様といっても、やはり人の子、花見はしたいし、花見となれば大喜び、当日も楽しく過ごして、帰りさえも喜んだ様子が良くわかります。
大奥の花見については、「江戸城大奥」に書かれています。
それによると、大奥では、桜が満開で、天気の良いを選んで花見の宴を開催するのが吉例だったようです。
この日は、吹上のお茶屋を御台所の御座所にして、お庭のあちこちに幔幕をはって準備しました。
そして、御台所も女中たちも、新しく調えた晴着を着て、お花見をしました。
女中たちは、田楽や団子を売る趣向があったり、酒を呑んだ女中が千鳥足で踊ったり狂言を演じたりしました。
これらは庶民のお花見の光景と違いはなかったと「江戸城大奥」に書いてあります。
そして、あらかじめ、御一門の奥方やお姫様たちにもご招待がありましたが、きれいに着飾らなくてはならないし、お土産も必要で、お金がかかるので、あまり参加する人はいなかったようです。
これも庶民の事情とあまりかわらないようですね。
難しい表現もありますので、ふりがなをつけるとともに、わかりやすくするために、ごく一部ですが、現代風表現に変えた部分もあります。
そのため、元の文章と一部相違がありますがご容赦ください。
大奥の花見
此の頃は大奥でも花見の宴を開くが例(れい:いつものこと)なり。日限には定りなりけれどいずれ(の花が)咲も揃わず散りも初めぬ花の静かに暖かなる日を選ぶ。
此の日は厚板染めの緞子(どんす)にて製したる幔幕に紫、萌黄、空色または五色の縫合せある練綾の縄を付けたるをば、吹上御園の彼処(あそこ)此処(ここ)に打ち張らせ女中共の溜り場となし、御台所の御座所にはお茶屋を充(あ)つ。
さて 「奥締り」を仰せ出され、ハネ橋向ふの左右に幕を打たせて矢来門より通行を断たせ、やがて中臈に扶(たす)けられて園内に歩を運ばせらる。
さすがに表役人のどこにても透見(すきみ:すきまからのぞいて見ること)せんも計り難しと慮(おもんぱか)りて 新たに調(ととの)えし晴れ着の服装、今日はいつにも勝(まさ)れて貴(とうと)くも美しく、お掻取(かいどり:いわゆる打掛のこと)からげて縫い入りある腰帯を召されし様(さま)、庭中の花の色を御一身にあつめたらん如し。御供の女中共も之に称(かな)いて新調の衣を着し、彼辺(かなた)に一群、此処に一簇(ひとむら)、田楽を焼くもあり団子商うもあり、酒を顔の染め草に花の色も心も浮きて千鳥足に踊るもあらん、滑稽狂言に花を驚かすもあらん、いずれも春の心は一つ、下様の花見の筵(えん:むしろ)に変わるべくもあらぬ光景を、御台所は如何に楽しくご覧あるらん。
かねて御一門の御簾中などへ御案内あるよしなれど、お住い姫君の外は来るもの絶えてなしといえり。
それは年一度の年頭に登城するさえ中々の物入りにて、御家向きに依りては容易ならぬことなるに、お花看(はなみ)の宴は綺羅に綺羅を尽さねば叶わず、お土産物も気張らねばならず、女中へも一々目録を配らねばならず、少しばかりの金にて中々にこの日を過ぎさるることならねばなりとぞ。