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神幸祭と附け祭(神田祭① 江戸の祭礼と歳事)

土曜日に神田祭の神幸祭と附け祭の巡行を見てきましたので、日曜日には、その様子をアップしました。

 しかし、昨日のブログでアップしたように、日曜日には「1級合格者の集い」があり、慌ただしかったので、説明は省略して、写真だけのアップでした。
 それにもかかわらず、記事を見て、コメントやメールで神田祭の様子がよくわかるという感想をいただきました。

 喜んでいただいたようですが、そもそも写真だけでは不十分だと思っていましたので、今日は少し説明を加えながら再度掲載します。

 前回と順序を変えて、神幸祭の方からご案内します。

神幸祭

 神幸祭は、午前8時に神田明神を出発します。

 そのコースは神田地区から日本橋地区つまり神田明神の氏子町をすべて回るという長いコースです。

神幸祭と附け祭(神田祭① 江戸の祭礼と歳事)_c0187004_21223960.jpg

 行列の人数は1000人程、500mもの長さになるそうです。

 その中心は、鳳輦・神輿です。

 神輿とは、漢字の通り神の乗る輿です。つまり神様の乗り物です。

 鳳輦とは、国語辞書では、金色の鳳凰の飾りをつけた輿をいうと書いてありますが、神田明神のガイドブックでは、「鳳輦は胴部分が箱形で空洞になっている、神輿の方は、胴がくびれたような形になっている」と書いてあります。

 神田明神の御祭神は三柱ですので3基あります。

一の宮鳳輦

神幸祭と附け祭(神田祭① 江戸の祭礼と歳事)_c0187004_21065537.jpg神田明神の一の宮は、大己貴命(おおなむちのみこと)を乗せています。
 大己貴命(おおなむちのみこと)は、天平2年(730)の神田明神の創建時にお祀りされたとされている御祭神です。

 別名「大国主命(おおくにぬしのみこと)」と呼ばれ、親しくは「だいこくさま」とも呼ばれています。

 鳳輦は昭和27年に作られたものです。

二の宮神輿

神幸祭と附け祭(神田祭① 江戸の祭礼と歳事)_c0187004_21073226.jpg 二の宮は「少彦名命(すくなひこなのみこと)」を乗せています。

 「少彦名命」は、俗に「えびすさま」と呼ばれている神様です。

 明治7年に大洗磯崎神社から勧請された神様です。

 この御神輿は日本橋三越から奉納されたものだそうです。

三の宮鳳輦

神幸祭と附け祭(神田祭① 江戸の祭礼と歳事)_c0187004_21075600.jpg 三の宮は、平将門を乗せています。

 神田明神では「まさかど様」と呼んでいます。

 平将門は、鎌倉時代の延慶2年(1309)に神田明神にお祀りされるようになったと言われています。

しかし、明治7年に本殿から摂社に移されてしまいました。

それが、昭和59年に本殿の御祭神として復座しました。

 この鳳輦は、復座後の昭和62年に作られたものです。

 神幸祭では、鳳輦・神輿のほかにも、注目すべきものが巡行していました。

 まず諫鼓(かんこ)山車です。

諫鼓(かんこ)山車

神幸祭と附け祭(神田祭① 江戸の祭礼と歳事)_c0187004_21102269.jpg 諫鼓というのは、中国で皇帝の政治を諌める時に打ち鳴らす太鼓です。良い政治が続き平和が続くと諫鼓が打ち鳴らされないので、諫鼓の上に鶏が止まるようになるという話があります。

 江戸時代も長く平和がつづいたことから諫鼓鶏が神田祭と山王祭の一番山車と曳かれました。

 それを平成2年に再興したものです。

 現在の諫鼓山車には、だいこく様とえびす様が乗っています。

 いうまでなく、たいこく様は一の宮であり、えびす様は二の宮です。

獅子頭

神幸祭と附け祭(神田祭① 江戸の祭礼と歳事)_c0187004_21111032.jpg 獅子頭は、雌雄の獅子を飾り付けしたもので、行列を守護する役目を果たします。

関東大震災で消失していましたが、昭和58年、復興したものです。

附け祭

附け祭と聞いて、附け祭って何?と思う人もいると思います。

資料館の説明には

「江戸時代に流行した文化芸能を多様に採りいれた舞台や底抜屋台、地走踊(じばしりおどり)、引物や仮装行列のことで、各氏子町で競い合い毎回趣向を凝らし衆目を魅了した行列であった」

と書いてあります。

簡単にいうと、中学校や高校の文化祭や体育祭でやった仮装行列をイメージするといいのかぁと私は思っています。

江戸時代には、この附け祭が大変人気があったようで、現在の神田祭でも次々と附け祭を復活させています。
 現在の附け祭は、有馬小学校から3時に出発し、神幸祭の巡るルートとは一部違うルートを進み神田明神まで行列しました。

浦島太郎

神幸祭と附け祭(神田祭① 江戸の祭礼と歳事)_c0187004_21140291.jpg 平成27年つまり今回復活したのが浦島太郎です。

 これも、江戸時代の神田祭に曳きだされていたものを復活したものです。

 確かに文久元年頃に描かれたと言われる「神田明神祭礼絵巻」にも描かれていますので、幕末の神田祭には曳かれていたものです。

 亀に乗った浦島太郎で、背後の赤いものは竜宮城の門です。

花咲か爺さん

神幸祭と附け祭(神田祭① 江戸の祭礼と歳事)_c0187004_21142394.jpg 前回の神田祭で復活したものです。

 右写真は、スタート前の写真ですので、花咲か爺さんがいませんが、実際の行列では花咲か爺さん役の人が乗っているようです。

 その様子を写真に撮ろうと思っていましたが、当日は一の宮を追いかけるのに夢中でしたので、撮る余裕がありませんでした。

大江山凱陣

神幸祭と附け祭(神田祭① 江戸の祭礼と歳事)_c0187004_09302611.jpg これは江戸名所図会にも挿絵にも描かれている有名なものですが、その絵を見て何が書いてあるんだろうと思う人もいると思います。(最下段の画像をご覧ください)

 大江山凱陣というのは鬼の首の出し物です。

 なぜ、鬼の首が大江山凱陣と呼ばれるのかですが、その為には酒呑童子のお話を知っておく必要があります。

 京都近くの大江山に酒呑童子と呼ばれる鬼が住んでいて都を荒らしまわっていました。

 そこで、源頼光(みなもとのよりみつ)および、四天王の坂田公時、渡辺綱、ト部季武(うらべすえたけ)、碓井貞光が、大江山へ差し向けられて。酒呑童子を退治しました。

 大江山凱陣は、源頼光らが酒呑童子の首を持って都に凱旋してくる景色を真似たものです。

 ですから、鬼の首が曳き回されるわけです。

大鯰(なまず)と要石(かなめいし)

神幸祭と附け祭(神田祭① 江戸の祭礼と歳事)_c0187004_09340559.jpg この出し物は、神田明神祭礼絵巻にも描かれています。

 これも大鯰と要石についての話を知らないと理解できません。

 地震は今も大変怖い天災ですが、江戸時代も現在同様に怖れられていました。

江戸の庶民の間では、地震は地中の大鯰(おおなまず)が暴れて引き起こすものと信じられていました。

そこで、地震が起きないようにと大鯰を押さえ込んでいるとされるたのが「要石(かなめいし)」です。

鯰の上にある大きなな石が要石です

この出し物は、平成17年に復活されたものです。

 附け祭には、相馬野馬追の騎馬武者も参加していましたが、これについて書くとさらに長くなるので、騎馬武者については、明日書きます。

 下図が江戸名所図会に載っている「大江山凱陣」の挿絵です。
画像をクリックすると少し拡大されます。

神幸祭と附け祭(神田祭① 江戸の祭礼と歳事)_c0187004_09321038.jpg



by wheatbaku | 2015-05-12 08:15 | 江戸の祭礼歳事

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