明日は、七月七日です。つまり「七夕」です。
そこで、今日は、「七夕」について書こうと思います。
本題の前に一言。
今度の日曜日には、「江戸楽アカデミー」で「過去問題からみる『江戸博覧強記』勉強の実践的ポイント」の講師をすることになっています。
今回の江戸楽アカデミーについては、このブログでも特にご案内しませんでした。
それにもかかわらず、定員の2倍のお申込みがあったそうです。
大勢の皆様にお申込みいただきありがとうございました。
2倍のお申込みがあったことから、8月9日に追加講座を開講することにしてあります。
このように大勢の方のお申し込みをいただいていることから、そのご期待を損ねないためには、しっかりした講義をしなくてはならないので、準備が大変です。
そんなことで、1週間前に毎日文化センターで「江戸検講座」が終わったばかりですが、休む間もなく次の日曜日の講座の準備に追われています。
そうした状況ですので、今週は、ブログのアップも思うようにいかないかもしれませんがご容赦ください。
ところで、「七夕」です。
東都歳事記には次のように書いてあります。
七月七日
〇七夕御祝儀 諸侯白帷子にて御礼 今夜貴賤供物をつらねて、二星に供し、詩歌をささぐ。家々冷索麺を饗す。
そして、次の挿絵が載っています。タイトルは「武城 七夕」です。
この挿絵には、三本の橋が架かっています。一番手前が常盤橋、中景が一石橋、右手遠景が呉服橋です。つまり、右手の街並みは日本橋方面ということになります。

東都歳事記には、以上だけで、あまり詳しく書かれていません。
そこで、「国史事典」を見てみると、こちらも簡単に次のように書いてあります。
中国の牽牛織女の伝説と乞巧奠の行事に日本の棚機女(たなばたつめ)に関する信仰が習合した。
中国の「牽牛・織女」の伝説は、よく知られていて、ほかのHPにも書かれていますので、私のブログでは省略します。
その一方で、「乞巧奠」という行事は耳慣れていません。
これは「きこうでん」または「きっこうでん」と読みます。
これは、女性が裁縫が巧みになることを願うお祭りです。
「乞巧」とは「巧みになることを乞う」という意味ですし、「奠」とは祭という意味です。
こうした中国の習俗に対して、日本には「棚機女(たなばたつめ)」という信仰がありました。
これは、
川などの清らかな水辺にある機屋(はたや)にこもって神さまのために着物を織る女性をいいます。
こうした習俗がある中に、中国の牽牛織女と乞巧奠の習俗が伝来して、習合して、「七夕」という行事になりました。
ちなみに「七夕」という漢字ですが、現在は「たなばた」と読まれていますが、江戸時代の五節句の一つの「七夕」は「しちせき」または「しつせき」と呼ばれていました。
「たなばた」という読み方は「「棚機女(たなばたつめ)」からきているようです。

