7月7日はもうすっかり過ぎてしまいました。
7月8日にはアップしようと思っていた記事ですが、江戸楽アカデミーの講義の準備で数日遅れましたが、本日アップしようと思います。
7月7日は、江戸では、七夕のほかに、大きな行事がありました。
江戸中の住民がこぞって井戸をきれいにしました。
菊池貴一郎の「絵本江戸風俗往来」には、井戸浚いの様子が次のように書かれています。
七月七日は七夕の佳節、五節句の中、三月上巳・五月端午と同じ。今日は江戸中井戸浚いを挙行する。上は諸侯方、下は裏々の共同井戸に至るまで、皆水を汲み干して浚う。
まず井戸の化粧側をはずし、車にて綱を下げ大桶を卸して、その綱は共同井戸使用の人々、残らず出て曳くの習いなり。井水七分通り汲み干すや、井戸職、井水中にくぐり、井側を洗い、底に落ちたる物を拾い出し、ことごとく汲み干すやまた化粧側を元の如くかけ、板戸を蓋にして、御酒・塩を供えること市中皆一様なり。昨日より今日よりや今日正午までに浚い終わるなり。
と書いてあります。
江戸検の勉強を始めた頃から、この長屋の井戸浚いはよく知っていました。
しかし、なぜ、七夕の日に、井戸浚いをするのかその理由がわかりませんでした。
そこで、「7月7日には井戸浚いをするもんだ」と覚えていました。
しかし、しっかりとした理由があることがわかりました。
七夕は、中国から伝来した牽牛・織女の伝説ときっこうでんに日本の「棚機つ女」とういう習俗が集合行事でしたが、七夕の行われる7日は、祖先を迎える準備をする行事でもありました。
「絵本江戸風俗往来」の校注には「『七夕』を地蔵盆と呼んでいる地方もあるように、民俗行事としての七夕は水の祭であった。(中略)江戸の井戸かえの風習もそれと一貫の行事である」と書いてあります。
7月15日は「お盆」です。お盆には祖先の霊が各自の家に帰って来ますので、それを迎える準備が7日から行われました。
それが「七日盆」という習俗です。
つまり、七夕の日は、お盆の始まる日でもあったのです。
そのため 、お盆を迎える前に平素の穢れを祓う禊ぎの行事が多く行われる日でもありました。
「七夕」の翌日に笹竹やお供え物を川や海に流す行事は「七夕送り」と呼ばれますが、この「七夕送り」も、祓いの1つとされていて、笹竹やお供え物を川や海に流し、罪や穢れを祓ったと言われています。
井戸浚いも、お盆を迎える準備の一つで、この日に、お墓の掃除をしたりする地区もあるようです。
なるほど、江戸の住民が「上は諸侯方、下は裏々の共同井戸に至るまで」(絵本江戸風俗往来)ごぞって 井戸浚いに精を出すのは、こうした習慣があったからなんですね。