「お盆」は、現在では、8月15日が一般的で、7月15日は、「新暦のお盆」などと呼ばれ東京周辺で行われている程度ですが、江戸時代は7月15日が「お盆」でした。
そこで、東都歳事記を見てみました。すると、東都歳事記の7月15日の項には
〇 中元御祝儀。荷飯(はすめし)・刺鯖(さしさば)を時食とす(刺鯖は、その色、青紫のものを上とす。能登産を上品とし、越中これに亜(つ)ぐ)
〇 良賤生身魂(いきみたま)の祝ひ(七月の盆に、亡者の霊魂来るよしを言ひてまつるより移りて、現存の父母兄弟などの生御たまをいわう意なりとぞ)
と書いてあり、「お盆」については触れられていませんでした。
しかし、ここでちょっと気になったのが「刺鯖」です。
江戸検の参考図書「江戸の祭礼と歳事」にも、「七夕(しちせき)には『鯖代献上』がされた」と書かれています なぜか、この時期に「鯖」がでてきます。 そこで、「お盆」より先に「刺鯖」を調べてみました。「食べ物語源辞典」では次のように書いてあります。
さしさば 生鯖を背開きにして塩干しにする。エラとエラを刺してつらねて二枚重ねたものを一刺しとした乾物である。
「エラとエラを刺す」というのは、エラの部分を重ねて串で刺すということのようです
つまり「刺鯖」というのは、鯖の干物のようですね。
江戸時代の初期には、七夕の節句には、「刺鯖」が献上されていました。
のちに本物の「刺鯖」でなく、金銀が現状され、それが「鯖代」と称されるようになったようです。
また、7月15日は「中元」でした。
「中元」というのは、元々は中国の習俗で,正月 15日が上元(じょうげん)、7月15日が中元、10月 15日が下元 (かげん) と呼ばれ、三つ合わせて「三元」とよばれていました。
「もともとは道教の行事で、すべての罪がゆるされる日とされ、日本ではこれがお盆の行事となる」と「江戸の祭礼と歳事」に書かれています。(7月16日追記)
現在では、「中元」だけが残っています。
また、7月15日には、祖霊を敬う行事であるとともに、生きている両親の長寿を祝う「生身魂(いきみたま)」という行事も行われました。
この「中元」や「生身魂(いきみたま)」のお祝いの席に、「刺鯖」が供されました。
「刺鯖」は、東都歳事記によれば、能登産が最上で、次いで越中産だったよいです。
現在も「お中元」の贈り物をする習慣がありますが、この習慣は、江戸時代に「「刺鯖」や「鯖代」を贈っていた習慣に基づくもののようです。

