今日は、日枝神社の2回目ですが、将軍の社参など将軍家との関係について書いていきます。
日枝神社は、徳川家康が将軍となることにより「将軍家の産土神」となりました。
そこで、しばしば歴代将軍は、初宮詣で、社参、山王祭上覧などを行っており、山王権現は将軍家とは特別の関係となっています。
これらについて、「日枝神社史」に基づいて書いていきます。
最初に、江戸検の今年のお題にも関係する山王祭の将軍上覧回数を書いておきます。
山王祭を初めて上覧したのは、寛永12年(1635)の3代家光が最初とされています。江戸時代を通じて、将軍の上覧は75回にわたっています。
家光は6回上覧していて、その後、4代家綱12回、5代綱吉13回、6代家宣2回、7代家継1回、8代吉宗12回、9代家重7回、10代家治13回、11代家斉9回と歴代将軍が上覧をしています。
しかし、12代家慶以降の歴代将軍はどういう事情かよくわかりませんが上覧していません。
2番目にお宮参り(初宮詣で)について書きます。
徳川家康や秀忠は江戸で誕生していませんが、3代家光以降は江戸で生まれています。
現在でも、「お宮参り」といって、産土神にお参りしますが、将軍家で子供が生まれた場合の「お宮参り」(正式には「初宮詣で」といいます)が山王権現で行われました。
初めて山王権現に初宮詣でした将軍は、3代将軍家光です。
その後、4代将軍家綱、5代将軍綱吉の初宮詣でが行われました。
6代家宣、8代吉宗、9代家重は、誕生した場所が江戸城内でないため、山王権現では初宮詣でをしていないようです。
7代家継は、江戸城で生まれているはずですが「日枝神社史」には初宮詣でをしたとは書かれていませんでした。
その後、10代将軍家治および家治の嫡子家基も初宮詣でを山王権現で行っています。
11代将軍家斉は、一橋徳川家の出身で一橋徳川家で誕生していますが、山王権現に初宮詣でしています。
12代将軍家慶は江戸城内で生まれているのですが、日枝神社の社史には初宮詣での記載がありません。
13代将軍家定は、山王権現に初宮詣しています。
14代家茂は、紀州和歌山徳川家出身ですし、15代慶喜は水戸徳川家出身ですので、山王権現での初宮詣ではありません。
3番目に、社参について書きます。
初宮詣でをしているくらいですので、将軍の社参もしばしば行われています。
「日枝神社史」によると、将軍の社参がはじめて行われたのは5代将軍綱吉です。
綱吉は、合計で12回山王権現にお参りしています。
以後、6代家宣が2回、8代吉宗が2回、9代家重、10代家治、12代家慶が1回社参しています。
11代家斉は50年間も将軍に在位していましたが、1度もお参りしていないようです。
最後に、年初の初詣です。
年初の初詣には、将軍の社参はなかったようですが、老中などによる代参が行われました。
こうやって見てきますと、やはり、山王権現は将軍家にとって特別な神社だったようですね。


