人気ブログランキング |
鉄砲洲稲荷神社(江戸の祭礼と歳事)

 土曜日の「鬼平散歩in鉄砲洲佃島」では、鉄砲洲稲荷神社をご案内しましたが、鉄砲洲稲荷神社は、江戸検の参考図書「祭りだわっしょい!江戸の祭礼と歳事」にも記載されてある神社ですので、今日は詳しく紹介しようと思います。

 鉄砲洲稲荷神社は、「八丁堀駅」から約5分の所にあります。

c0187004_09542979.jpg鉄砲洲稲荷神社は、古い歴史をもつ神社ですが、何度も遷座しています。

社伝によれば、平安時代初期の承和8年(841)に江戸湾の奥にお祀りしたのが最初のようです。

その後、埋め立てが進行して、現在の京橋のあたりへ遷座し、さらに室町末期の大永年中に今の新京橋の近くに遷座し、八町堀稲荷神社と呼ばれました。(私見ですが、八丁堀が築造されたのは、徳川家康が江戸に入府した後ですので、それ以降に八丁堀稲荷神社と呼ばれたものと思います)

c0187004_09544018.jpgその後も埋め立てが進行して海岸が東へ移りましたので、寛永元年には鉄砲洲に遷座しました。

鉄砲洲といっても、現在の場所ではなく、八丁堀と現在の亀島川の合流点の南岸です。


鉄砲洲の由来については2説あります。

一つは地形説です。徳川家康入府のころは、すでに鉄砲の形をした南北およそ八丁の細長い川口の島だったので、その名がついたという説です。

右上の幕末の切絵図の本湊町から明石町まであたりが鉄砲洲ですが、確かに鉄砲の形にみえますね。

もう一つは、寛永のころ、幕府の鉄砲方井上氏と稲富氏により、ここで大砲の試射場があり、射撃演習をしていたので、この名が生まれたという説です。

c0187004_09544872.jpg江戸時代の鉄砲洲稲荷神社は、広重の名所江戸百景の「鉄砲洲稲荷橋湊神社」と「江戸名所図会」に描かれています。

右が名所江戸百景の「鉄砲洲稲荷橋湊神社」です。

手前の帆柱の奥左手に赤く描かれているのが鉄砲洲稲荷神社です。

 その右の橋が、八丁堀に架かっていた「稲荷橋」です。

稲荷橋は、鉄砲洲稲荷のそばにあるので稲荷橋と名付けられたと思われます。

現在は、道路脇に「稲荷橋」の橋標が残されています。

下の絵が「江戸名所図会」に描かれている鉄砲洲稲荷神社です。
 「祭りだわっしょい!江戸の祭礼と歳事」にも掲載されています。
 お持ちの方は、そちらもご覧ください。

 鉄砲洲稲荷が稲荷橋の橋詰にあることや南を向いていたこと、富士塚もあることがわかります。

c0187004_09545827.jpg

江戸時代、鉄砲洲の先の隅田川河口は、江戸第一の港で、江戸で消費する米などの物資を運ぶ船のほとんどが集まってきました。そのため、鎮座地周辺は江戸湊と呼ばれました。

そこで、鉄砲洲稲荷神社は、湊神社とも湊稲荷とも呼ばれました。

鉄砲洲稲荷は、江戸時代は大変有名なお稲荷さんで、お稲荷さんの番付でも西の大関に位置づけられるほどのお稲荷さんでした。

このことは、「祭りだわっしょい!江戸の祭礼と歳事」にも記載されています。

 鉄砲洲稲荷神社 が、現在地に移転してきたのは、明治元年です。

 江戸時代の鎮座地が川のすぐそばであったので、水の被害が少ない場所に移転したいといった事情もあったようです。

社殿の西北隅に富士山の溶岩で築いた富士塚があります。

c0187004_09550786.jpgここの富士塚は、寛政元年9月に富士講の人たちが、稲荷橋のたもとにあった場所にお祀りされたものです。

明治になって、鉄砲洲稲荷が遷座したのに伴い、明治7年にこちらに移り、その後、何度か移転を重ねたうえで、昭和3年にここに造られました。

 高さは5.4メートルあります。

 東日本大震災で被害を受けたため、現在は、登拝禁止となっていますが、近いうちに修復工事が開始される予定です。


by wheatbaku | 2015-10-26 09:52 | 江戸の祭礼歳事

江戸や江戸検定についてに気ままに綴るブログ    (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」)
by 夢見る獏(バク)
プロフィールを見る
更新通知を受け取る
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
以前の記事
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
ブログパーツ
ブログジャンル
歴史
日々の出来事