今日も、木下栄三さんの水彩画展について書きます。
今日は、水彩画展に展示されている絵の紹介です。
木下さんの水彩画展で展示されている中心は、江戸城の城門の絵です。
これは、朝日新聞の「江戸城今昔」で連載されたものです。
木下さんの説明では、三十六見附を描いているので、江戸城の城門だけを描いているわけではないが、今回の絵画展がお正月に開かれるので、お正月の雰囲気を出そうと思っていたら、結果として江戸城の城門が中心となったと言っていました。
今日は、その江戸城の城門を描いた木下さんの絵を展示されている順に紹介します。
右写真の右奥が清水門、手前左が皇居正門(西の丸大手門)です。
清水門から順にご紹介します。
清水門
清水門は、現在も昔の姿のまま残っています。
ですから、描かれている人物も現在の人が描かれています。
木下さんは、清水門の妻側の軒の瓦が何枚あるか数えて、その数の通り、水彩画の中に描きこんでいるそうです。
その緻密さに驚かされます。

田安門
田安門は、現存している江戸城の門としては最も古いものです。
そのため、清水門、外桜田門とともに国の重要文化財に指定されています。
田安門は、千鳥ヶ淵とともに桜が大変美しい門ですが、桜に埋まる田安門が描かれています。

外桜田門
外桜田門の絵には桜田門外の変の様子が描かれています。
この絵を描くため、桜田門外の変の関係者を数多く調べたそうです。
そして、絵の中には、水戸藩脱藩浪士17人と薩摩藩士有村次左衛門を描きこんでいます。
実は、水彩画の方には人物名まで描かれていませんが、別資料には人物名が描かれています。
こうした資料まで準備して描いているのですから、迫力のある絵になりますね。
左上には、彦根藩井伊家の表門も描いてあります。


大手門
徳川盛世録をもとに、大名・旗本が江戸城に登城した後、下馬先で待っている供の様子が描かれています。
大手門橋前には下馬札まで描かれています
大手門の枡形の北(絵の上部中央)には、勘定奉行所(下勘定所)も描かれていますが、これも古史料に基づいて描いているそうです。

平川門
平川門は、竹橋にあるパレスサイドビルの屋上から見た視点で描いているそうです。
平川門は枡形は再建されていますので、それが描かれていますが、梅林門は現在は残っていませんが、いかにもそこに現存しているかのごとく描かれています。
平川門は、江戸城内で罪を犯した人たちが城外に出される際に利用されたと言われていて、浅野内匠頭や絵島もこの平川門から出たとされています。
浅野内匠頭は、どのような道順で城外に出されて田村右京太夫邸に向かったのかが話題になりました。

北桔橋門
北桔橋門は、江戸城の北側にありますが、この周辺の石垣は、城郭の石垣として3番目の高さを誇っているそうです。
東京にもこんな景色があるのかと驚かされる江戸城の絶景です。
その石垣全体を北桔橋門とともに描いていますが、その緻密さに驚かされます。

坂下門
現在の坂下門は東を向いていますが、江戸時代の坂下門の櫓門は北を向いていました。
江戸時代の櫓門を解体してから再度現在地に移設したようです。
絵の左上にはその移設の図が描かれています。
また、大名が登城した際に供の者が待機していた「腰掛」という建物が描かれていますし、手前には、玉川上水の枡も描かれています。

皇居正門(西の丸大手門)
現在、俗に「二重橋」と呼ばれている場所が描かれています。
江戸時代は、西の丸の大手門でした。
「二重橋」というのは、江戸時代は、手前と奥と二本ある橋のうち奥の橋を呼びました。
奥の橋は水面までの高さが高いので橋を二階建てにしたため、「二重橋」と呼ばれたといいます。
木下さんが描いた二重橋は確かに2階建てになっていました。
また、右上には、滅多に見られない南西側からみた伏見櫓が描かれています。これは、写真をもとに描いたものだそうです。

以上が江戸城の城門の水彩画ですが、江戸のなごりを感じることができますし、木下さんの思い入れも感じ取れる素晴らしいものばかりです。その他、数多くの水彩画が展示されています。

