先週、宝暦治水工事ゆかりの地を訪ねてきました。
宝暦治水工事については、1月に4回に分けて書きましたが、実際の姿はどのようになっているのか興味がありました。
そこで、名古屋時代にお世話になった人たちとの旧交も温めることも目的に、先週名古屋に行ってきました。
宝暦治水工事ゆかりの地として巡ってきたコースは次のようなコースですが、愛知県、岐阜県、三重県と三県にまたがるコースです。
これを電車とバスを利用して巡ると結構時間がかかると覚悟していました。
しかし、名古屋でお世話になった人に事前に電話を入れると、「『木曽三川公園』はよく知っている場所だから車で案内してやる」と言ってくれて車で回ることができました。
おかげで、交通の便があまり良くない広い範囲を半日で回ることができました。
やはり知っている人はありがたいですね。
名古屋⇒ 国営木曽三川公園(岐阜県海津市) ⇒ 治水神社(岐阜県海津市) ⇒ 宝暦治水之碑(岐阜県海津市) ⇒ 多度神社(三重県桑名市) ⇒ 大巻薩摩工事役館跡(岐阜県養老町)
まず向かったのは、国営木曽三川公園です。
ここには、高さ65mの展望タワーがあって、木曽三川を見下ろすことができます。(右写真)
ここから、是非とも長良川と揖斐川を分流した堤防である「千本松原」を見てみたいと思っていました。
行った日は快晴でしたので、眼下に千本松原がくっきりと見下ろすことができました。
右側の流れが揖斐川、左側の流れが長良川です。
画面中央の松原が、薩摩藩士たちが築き上げた分流堤防です。
手前の少し緑が広がった場所に「治水神社」が鎮座しています。
☆「治水神社」については次回ご案内します。

千本松原は、治水工事の完成を記念して、薩摩藩士が長良川と揖斐川を分流させるために築いた堤防の上に千本の「日向松」の苗を植えたものと伝えられています。
それが成長して今では樹齢200年を越えるこんもりとした松林となっており、千本松原と呼ばれています。
松原の中には治水工事の頃に植えられたと思われる松も残されています。
右の松は「望み松」と名付けられている松で樹齢200年と推定されています。
「油島築堤工事」と呼ばれる工事は、宝暦治水工事の中でも最大の難工事といわれたもので、それまで合流していた長良川と揖斐川を分流させるという工事でした。
この工事は、宝暦4年の9月から始められ翌年3月には完了したということなので、約半年で仕上げた工事ということになります。
土木機械もない時代に、こんな大工事を半年で良く仕上げたものだと以前から思って感心していましたが、実際に現場を見ると「これは本当にすごい!!」と心から驚嘆せざるをえませんでした。
下記の図の青が国営木曽三川公園の展望タワーですが、そこから南に細長く1キロ以上続くのが薩摩藩士が築いた分流堤防です。
そこにず~っと松が植えられています。
それが千本松原です。

