今日は、赤坂溜池の定火消屋敷について紹介します。
赤坂溜池の定火消屋敷跡は、名前の通り溜池の近くにありました。
大使公邸は、大使館に隣接している建物で、アメリカ大使館のある場所にあったわけではありませんのでご注意ください。
右写真は、ホテルオークラから見た公邸です。(ただし、写真は以前撮影したもので、直近のものではありません)
【アメリカ大使館の歴史】
アメリカ大使館のホームページによるとアメリカ大使館の歴史は次のようになっています。
アメリカ大使館は、安政3年、初代米国総領事としてタウンゼント・ハリスが着任し、下田柿崎の玉泉寺に臨時の領事館を開かれたのが最初です。
安政6年7月、ハリスは下田より江戸に入り、幕府より貸与された麻布の善福寺に公使館と住居を移します。
文久3年4月、公使館が置かれていた麻布善福寺の庫裏より出火し、建物は消失したため、公使館は、横浜関内の外国人居留地に移転します。
明治7年、横浜の居留地より、築地(現 中央区明石町)の外国人居留地に公使館と住居を移します。
明治23年、公使館は築地から現在の場所、赤坂に移転します。
大正12年、米国公使館や大使館として使われていた古い木造建築物は、関東大震災とその後の火災で倒壊したため、仮事務所を旧帝国ホテルに開設しました。
昭和6年、3階建ての白亜の大使館、大使公邸、職員宿舎2棟が、現在の場所に完成します。
昭和51年には現在の新大使館ビルが完成します。
アメリカ大使館には、このような歴史があります。
【霊南坂】
アメリカ大使館の脇は、霊南坂です。
現在は高輪にある東禅寺は、幕末にイギリス公使館がおかれ、尊王攘夷派の志士たちが襲撃した事件が起きたことで有名です。
この東禅寺は、慶長15年(1610)に日向飫肥藩主伊東祐慶(すけのり)が建立したお寺です。
東禅寺の開山に迎えられたのが、日向出身の臨済宗の嶺南和尚です。
東禅寺は、当初は嶺南庵と呼ばれ溜池付近にありました。
そのため、嶺南和尚にちなみ、近くにあった坂が霊南坂と呼ばれるようになったといいます。
赤印がアメリカ大使公邸 青印がアメリカ大使館 ピンクが霊南坂です。


