人気ブログランキング | 話題のタグを見る
永井荷風(雑司ケ谷霊園に眠る有名人①)

 今日から雑司ヶ谷霊園でご案内した有名人を紹介していきます。

 まず、霊園では、目指す人がどこに眠っているのか探すのが大変ですが、雑司ヶ谷霊園では管理事務所に、霊園案内図がありますので、それを入手してからお参りすると良いと思います。 


 今日は、永井荷風のご紹介をします。

永井荷風(雑司ケ谷霊園に眠る有名人①)_c0187004_10483656.jpg 永井荷風は、1-1-7に南面して眠っています。

 永井荷風は、明治から昭和を生きた小説家で、明治12年12月3日に永井久一郎の長男として生まれました。

 成人して、アメリカで過ごし銀行勤めをしていたこともあります。
 その後、フランスを経由し帰国しました。

 この経験から、「あめりか物語」「ふらんす物語」を書いています。


 明治43年、31歳の時に、慶応大学の教授に就任し、「三田文学」を創刊しています。

 その後は、慶応大学で教鞭をとりながら、小説を書いていきます。

 しかし、大正5年には、慶応大学を辞職します。
 そして、新宿区余丁町の自宅の6畳間を断腸亭と名付けます。 胃が弱いことと庭に植えた秋海棠の別名断腸花からつけた名前です。ここから「断腸亭日乗」という作品が生まれます。


 永井荷風は、散歩と江戸を愛しました。荒川放水路辺りを散歩しているときに見つけたのが玉の井です。東武線「東向島駅」は昭和62年まで「玉の井」という駅名でした。

このあたりに私娼街があり、そこにしばしば足を運びました。
 そこでの経験をもとに書いた小説が、昭和12年、朝日新聞に連載されました。これが『濹東綺譚』です。

東京大空襲で自宅を焼失した後、各地を転居したのち、千葉県市川市に住みます。

当初は仮住まいでしたが、結局、市川市が終焉の地となり、昭和34年に自宅で亡くなりました。79歳でした。

この間、昭和27年には、文化勲章を受章しています。


 永井荷風が訪れた寺に三ノ輪の浄閑寺があります。

永井荷風(雑司ケ谷霊園に眠る有名人①)_c0187004_10483017.jpg 浄閑寺は、吉原で亡くなった遊女が投げ込まれるように埋葬されたことから、投込み寺とも呼ばれています。

 そうした境遇で亡くなった多くの遊女たちを慰霊するため本堂裏手に「新吉原総霊塔」が建立されています。(右が新吉原総霊塔)

 この浄閑寺を何度も訪ねていた永井荷風は、死んだら浄閑寺に埋葬して欲しいと願っていました。

 本当かしらと思うかもしれませんが、荷風の『断腸亭日乗』昭和12年6月22日に次のように記載されています。


「今日の朝30年ぶりにて浄閑寺を訪いし時ほど心嬉しき事はなかりき。近鄰のさまは変りたれど寺の門と堂宇との震災に焼けざりしはかさねがさね嬉しきかぎりなり。余死するの時、後人もし余が墓など建てむと思わば、この浄閑寺の塋域(えいき)娼妓の墓乱れ倒れたる間を選びて一片の石を建てよ。石の高さ五尺を超ゆるべからず、名は荷風散人墓の五字を以て足れりとすべし」


永井荷風(雑司ケ谷霊園に眠る有名人①)_c0187004_10484163.jpg しかし、永井荷風の願いは叶うことができず、浄閑寺ではなく、雑司ヶ谷霊園の父の長井久一郎の墓の隣に埋葬されました。

 父久一郎は 「禾原(かげん)」と号していたため、墓碑名は「禾原先生」となっています。
 ただし、現在の墓碑は号が読み取れない状態になっています。

 右上写真は、父の墓碑とならぶ永井荷風の墓碑

 なお、荷風は本名壮吉といいますが、墓碑の裏面には本名が書かれています。


 浄閑寺に眠りたいという荷風の願いは叶えられませんでした。
永井荷風(雑司ケ谷霊園に眠る有名人①)_c0187004_10484923.jpg しかし、その願いに応えようと荷風没後4周年の昭和38年、谷崎潤一郎たち永井荷風を慕う後輩たちの手によって、「新吉原総霊塔」の向かい側に、「われは明治の兒ならずや」の一句を含む詩碑が造られました。
(右写真)
 さらにその奥に小さな花畳型の筆塚が建てられました。(右下写真)
 墓はありませんが、荷風の願いは叶ったことになるでしょう。


 永井荷風の文学碑は横幅が大きな石碑です。そこには次のように刻まれています。

今の世のわかき人々

われにな問ひそ今の世と

また来る時代の藝術を。

われは明治の兒ならずや。

その文化歴史となりて葬られし時

わが青春の夢もまた消えにけり。

 (以下略)


また、文学碑の最後には次のように刻まれています。

永井荷風(雑司ケ谷霊園に眠る有名人①)_c0187004_10485312.jpg 明治・大正・昭和三代にわたり詩人・小説家・文明批評家として荷風永井壮吉が日本藝林に遺した業績は故人歿後益々光を加へその高風亦ようやく弘く世人の仰ぐところとなった 谷崎潤一郎を初めとする吾等後輩42人故人追慕の情に堪へず故人が生前「娼妓の墓亂れ倒れ」(故人の昭和12年〔1937622日の日記中の言葉)てゐるのを悦んで屢く杖を曳いたこの境内を選び故人ゆかりの品を埋めて荷風碑を建てた

 荷風死去4周年の命日  昭和38年(1963430 荷風碑建立委員会


永井荷風(雑司ケ谷霊園に眠る有名人①)_c0187004_10485837.jpg 永井荷風が通った店として有名な店に浅草の「アリゾナキッチン」があります。

 以前、お店を訪ねたことがありますので、その際の写真を掲載しておきます。

 もう数年も前のことなので、現在は違っているかもしれませんが・・
【インターネットで検索していましたら2016年10月3日にアリゾナキッチン閉店という記事がありました。訪ねてみようと思われる方は、現在も営業しているかどうか、訪問前に確認されたほうが良いと思います。2016年11月17日追記】


永井荷風(雑司ケ谷霊園に眠る有名人①)_c0187004_10490364.jpg アリゾナキッチンの創業は昭和24年でした。
 永井荷風はその年の7月12日に初めて訪ね、以後永井荷風は、しばしば市川市の自宅から通い、肉料理二品とビールを注文したそうです。

店内には、ある日の永井荷風の写真が飾られていました。






by wheatbaku | 2016-11-15 10:43 | 大江戸散歩

江戸や江戸検定について気ままに綴るブログ    (絵は広重の「隅田川水神の森真崎」)
by 夢見る獏(バク)
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
以前の記事
2025年 07月
2025年 06月
2025年 05月
2025年 04月
2024年 12月
2024年 11月
2024年 10月
2024年 09月
2024年 07月
2024年 06月
2024年 05月
2024年 04月
2024年 03月
2024年 02月
2024年 01月
2023年 12月
2023年 11月
2023年 10月
2023年 09月
2023年 08月
2023年 07月
2023年 06月
2023年 05月
2023年 04月
2023年 03月
2023年 02月
2023年 01月
2022年 12月
2022年 11月
2022年 10月
2022年 09月
2022年 08月
2022年 07月
2022年 06月
2022年 05月
2022年 04月
2022年 03月
2022年 02月
2022年 01月
2021年 12月
2021年 11月
2021年 10月
2021年 09月
2021年 08月
2021年 07月
2021年 06月
2021年 05月
2021年 04月
2021年 03月
2021年 02月
2021年 01月
2020年 12月
2020年 11月
2020年 10月
2020年 09月
2020年 08月
2020年 07月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 04月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
ブログパーツ
ブログジャンル
歴史
日々の出来事