雑司ケ谷霊園に眠る有名人の最終回です。
「駅から気ままに江戸散歩」でご案内したお墓以外で私が注目した有名人をご紹介しておきます。
小川笙船 江戸時代の医者
小川笙船のお墓は、1-5-4 にあります。
小川笙船は、最初、小石川の光岳寺に葬られ、後に雑司ヶ谷霊園へ改葬されました。
小川笙船のお墓は、墓碑中央に「家族之墓」と刻まれていて、その左側に「小川笙舩藤廣正」と刻まれているだけなので注意深く探す必要があります。
小川笙船は、目安箱に養生所を設置するよう投書し、それを見た徳川吉宗が大岡忠相に養生所設立の検討を命じ、石川御薬園内に養生所が設立されました。
小川笙船は養生所の肝煎に就任しました。
その後、養生所の肝煎には、小川笙船の子孫が代々なっています。
荻野吟子 日本最初の女性医師
荻野吟子のお墓は、1-5-23 にあります。
荻野吟子の墓地には、荻野吟子の石像がありますので、すぐに見つかります。
荻野吟子は、近代日本最初の公認女性医師で、埼玉県生まれであるため、埼玉県では郷土の偉人の一人として顕彰しています。
最初の結婚で夫から淋病を移され、東京の順天堂医院に受診した際、男性医師に診察されることに抵抗を感じ、医師になる決心をしたと言われています。
しかし、女性で医師になるのは難しく、苦難の道を歩みましたが、ついに明治18年試験に合格、日本における女性の第一号医籍登録者となりました。東京で開業ののち、北海道に渡り開業しました。
埼玉県熊谷市には「荻野吟子記念館」があります。自宅からあまり遠くないのですがまだ訪ねたことがないので、機会をみて、訪ねてみたいと思っています。
いずみたく 作曲家、政治家
いずみたくのお墓は、1-5-34 にあります。
いずみたくの本名は今泉隆雄といいますので、「今泉家」と刻まれています。
(右写真では「今」の字が隠れてしまっています)
いずみたくは、『夜明けのうた』『世界は二人のために』『恋の季節』など歌謡曲のヒットも多い作曲家です。
しかし、政治にも関心があったようで、青島幸男が参議院議員辞職した際に、繰り上げ当選で第二院クラブの参議院議員となっています。
竹久夢二 画家・詩人
竹久夢二のお墓は、1-8-9 にあります。
それだけ、参拝者が多いということだと思います。
丸い形をした墓碑には有島生馬に依る揮毫「竹久夢二を埋む」と刻まれています。
戒名は刻まれていませんが「竹久亭夢生楽園居士」というそうです。竹久夢二らしい戒名だと思います。
竹久夢二は、数多くの美人画を残しており、その抒情的な作品は「夢二式美人」と呼ばれ、大正ロマンを代表する画家です。
文筆の分野でも、詩、歌謡、童話などを作っていますが、『宵待草』には曲が付けられ愛唱曲となっています。
昭和9年、長野県八ケ岳山麓の富士見高原療養所で結核のため49歳の若さで死去しています。
東郷青児 洋画家
東郷青児のお墓は、1-15-19 にあります。
東郷青児は、夢見るような甘い女性像の絵で有名です。
昭和の美人画家として戦後一世を風靡しました。
また、多くの女性を愛したことでも知られていて、作家の宇野千代も愛人でした。
宇野千代の『色ざんげ』は、東郷青児をモデルにしたものだそうです。
今回紹介した有名人のお墓は、雑司ケ谷霊園に眠る有名人のごく一部です。
ほかに大勢の有名人が眠っていますので、気候の良い時期に散歩がてら雑司ケ谷霊園に眠る有名人のお墓をお参りするのもよいかもしれません。



