川越市立博物館(川越城②)
川越城の二ノ丸であった場所に、現在は、川越市立博物館があります。
平成2年3月1日に開館した博物館ですが、しばしば、近くを通りましたが、先日、初めて入館しました。

博物館の展示室に入ると、大きな川越のジオラマが展示されていて、江戸時代の川越城の様子がわかります。(下写真は川越城を東から見たものです。)

この川越城をしっかり整備したのは、知恵伊豆こと松平信綱です。
川越藩は、天正18年(1590)の徳川家康が関東入国の際、譜代の酒井重忠が1万石で入封立藩しました。その後、酒井忠利、酒井忠勝、堀田正盛に続き、松平信綱となります。
寛永16年(1639)、島原の乱を鎮定した老中松平信綱が忍から6万石で入封しました。
松平信綱は、川越城を拡大し、城下町を整備し、新河岸川舟運の開設、武蔵野開発と野火止用水開削など、川越藩の藩政確立安定に大きな功績を残しました。
川越城は、松平信綱入封以前は、本丸・二ノ丸・三ノ丸程度の小規模な城郭だったと考えられています。
松平信綱は、その川越城の北側に新曲輪、西側に追手曲輪、東側に帯曲輪、南側に田曲輪を増設し、総面積は、面積は約326,000㎡(東京ドーム約7個分)となり、川越城の整備は、松平信綱の時代にほぼ完成したとされています。
しかし、残念ながら、松平信綱の川越城の拡張整備について直接裏付ける資料は、現在のところ発見されていないそうです。
また、松平信綱は、城下町に十ヵ町四門前の制度を整備して、城下町の発展を図っています。十ヵ町は江戸町・本町などの町人町で、四門前とは養寿院・行伝寺・蓮馨寺(れんけいじ)・妙養寺の門前町を指しました。
博物館には土蔵の仕組みがわかる展示もあり、大変興味深く見物させてもらいました。


