円乗寺の八百屋お七のお墓(白山ミニ散歩⑤)
円乗寺は、都営地下鉄「白山」駅A1番出口から徒歩2分の距離にあります。
旧白山通りから旧中山道に向かう上り坂(「浄心寺坂」別名「於七坂」)を少し入ると北側に参道があります。
参道入り口には、「江戸三十三観音札所第十一番聖観世音菩薩」の看板があり、「お七地蔵堂」もありますので、すぐにわかります。
円乗寺の入り口西側に「お七地蔵堂」があります。
この「お七地蔵堂」に祀られている「八百屋於七地蔵尊」は、八百屋お七が在世の時に所持していた地蔵尊と伝わっているものです。昔から縁結び・火伏の御利益があると信じられていて、現在でも多くの人々の信仰を集めています。

円乗寺の創建時期は、文京区の説明では天正9年(1581)に開創されたとありますが、「御府内寺社備考」という書物には元和6年(1620)川越の喜多院に住する宝仙法印により起立されたとも書かれていて、明確なことは不明のようです。
当初は、本郷の加賀金沢藩の御屋敷(現在の東京大学)の近くにあり、密蔵寺といいましたが、後に円乗寺と寺号が変わりました。
明暦3年(1653)に起きた明暦の大火のため本郷の用地が収公されたため、現在地に移転しています。
江戸時代には、境内が1770坪もあったそうですが、戦後期の混乱もあって、現在は、両側がマンションや住宅に囲まれた細い参道となっています。
参道をまっすぐ進むと、正面に本堂があります。(下写真)
戦災で焼失してしまい、戦後再建されました。

円乗寺のご本尊様は釈迦牟尼仏です。本堂中央に鎮座していらっしゃいます。
また、円乗寺は昭和新撰江戸三十三観音札所」の11番札所で、御本尊様の脇に札所ご本尊様である聖観世音菩薩像が鎮座されています。
戦前、円乗寺には秘仏の聖観世音菩薩像がありましたが、戦災で焼失してしまい、、「昭和新撰江戸三十三観音札所」が昭和51年に再興されるのに合わせて造立されたものだそうです。
円乗寺は、なんといっても八百屋お七のお墓があることで有名です。
八百屋お七については、有名な話ですが、井原西鶴の『好色五人女』に書かれている内容をはじめ、諸説があります。
その八百屋お七のお墓が、円乗寺参道西側にあります。
昔は屋根がなかったそうですが、現在は屋根が造られています。

お墓は3基あります。
中央は、円乗寺の住職が供養のために建てたものです。
お墓が丸く削られていますが、これは、一時期、お七のお墓を削った石粉をもっていると御利益があるという噂がひろまり、墓石が削られてしまったそうです。
右側は、寛政年間に歌舞伎役者の岩井半四郎が建立したお墓です。
岩井半四郎が八百屋お七を演じた縁で、建立したものです。
墓碑正面に「妙栄禅定尼」と八百屋お七の戒名が刻まれています。墓碑右脇に建立時期が刻まれていますが、寛政という文字と西暦1793年と書かれています。西暦年数から換算すると寛政5年の建立と思われます。
左側のお墓は、近所の有志が八百屋お七の270回忌法要のために建てたものです。

お七のお墓には、いつお参りしてもきれいな花が手向けられています。円乗寺の人が手向けているようですが、大変気持ちの良いものです。

